熱・エネルギー技術

パスカルエア

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01はじめに

冷暖房用エアコンや冷蔵庫・冷凍庫には、古くからフロン系冷媒が使用されてきました。しかしオゾン層破壊や地球温暖化への影響から、フロン系冷媒は国際的な制約を受けています(図1)。
前川製作所ではフロンに代わり、自然界に存在する5つの物質・ナチュラルファイブ(アンモニア・二酸化炭素・炭化水素・水・空気)を冷媒として用いる冷蔵庫・冷凍庫の開発および普及を行っています。
*フロン系冷媒とナチュラルファイブについて、詳しくは「冷媒とナチュラルファイブ」をご参照ください。

図1 フロン系冷媒に関する国際的な取り決め

図1 フロン系冷媒に関する国際的な取り決め

ナチュラルファイブのうち、一部の物質には毒性や可燃性などへの対応を必要とするものもありますが、フロン系冷媒のように塩素原子を含まず炭素原子とフッ素原子の結合がないため、環境負荷が極めて低いと言われています。現在ではアンモニアや二酸化炭素を用いた自然冷媒は、-40℃から-50℃までの温度帯において広く使用されるようになりました。また、-50℃から-100℃の超低温の領域においては本文で紹介しております「空気」を利用した冷凍システムがスタンダードになっている状況です。
さて、私たちに最も身近な存在である「空気」は、沸点が-194℃で潜熱利用が難しいため、冷媒としての基本的な性能はあまり高くありません。ところが、-50℃以下の温度帯になると他の冷媒と比べて性能低下が小さいという頼もしい特徴を持っています。しかも、空気は毒性も可燃性もなく、食品に直接触れても安心・安全です。もちろん、オゾン層破壊や地球温暖化への影響もありません!
そこで前川製作所では、-50℃以下の超低温領域をターゲットとして、環境に優しく安心で安全な究極の自然冷媒「空気」を利用した冷凍システム『パスカルエア』を開発しました。『パスカルエア』は、その省エネルギー性能が高く評価され、2012年2月、一般社団法人日本機械工業連合会が主催する「第32回優秀省エネルギー機器表彰 経済産業大臣賞」を受賞することができました。

図2 ナチュラルファイブ別利用温度域と『パスカルエア』のターゲット温度域

図2 ナチュラルファイブ別利用温度域と『パスカルエア』のターゲット温度域

*ナチュラルファイブ別利用温度域については「自然冷媒への取り組み」を、パスカルエアの製品情報は「空気冷凍システム「パスカルエア」」をご参照ください。

02空気冷媒冷凍システムの概要

究極の自然冷媒である「空気」は、通常の冷媒のような潜熱利用ができないため、『パスカルエア』は一般の冷凍システムとは仕組みが全く異なるのが特徴です。実はこの『パスカルエア』の自然冷媒冷凍システムは、冷蔵庫内に冷たい空気を直接冷媒として循環させています。この仕組みを "逆ブレイトンサイクル"(注1)と呼びます。
『パスカルエア』の空気冷媒冷凍システムの概略フローの例(庫内温度-60℃)を図3に示します。『パスカルエア』は一体型圧縮膨張機、一次冷却器、冷熱回収熱交換器の3つの機器から構成されています。そして、図中の(1)から(5)の過程を繰り返す仕組みになっています。

図3 空気冷媒冷凍システムの概略フロー

図3 空気冷媒冷凍システムの概略フロー

【空気冷媒冷凍システムの流れ】:庫内温度-60℃の場合

  1. 冷蔵庫内から吸引した大気圧・-60℃の空気は冷熱回収熱交換器へ送られ、そこで40℃の空気と熱交換されることで35℃の空気となります。
  2. 35℃の空気は一体型圧縮膨張機の圧縮機側で圧縮・加熱され、90℃の空気となります。
  3. 90℃の空気は、一次冷却器で40℃まで放熱されます。
  4. 40℃の空気は、冷熱回収熱交換器にて庫内から吸引した-60℃の空気と熱交換し、-55℃に冷却されます。
  5. -55℃の空気は一体型圧縮膨張機の膨張機側で断熱膨張され、-80℃の冷たい空気となって冷蔵庫内へ吹き出されます。

以上が『パスカルエア』の空気冷媒冷凍システムの流れです。このシステムは完全なガスサイクルであり、空気が液化することはありません。

注1 ブレイトンサイクルについて

ガスタービンエンジンは航空機や発電機の動力源として広く知られており、圧縮した空気と燃料から発生させた高温・高圧の燃焼ガスの力でタービンを回し、動力(電力)を取り出す機械です。そして、タービンを通過した後の燃焼ガスは、通過前と比較して圧力が低下し、冷たくなって大気中に排気されます。これが“ブレイトンサイクル”です。
一方、『パスカルエア』の空気冷媒冷凍システムで利用される“逆”ブレイトンサイクルでは、圧縮機に動力(電力)を投入することによってガスタービンエンジンとは反対に、低温・低圧のガスと高温・高圧のガスを作り出しています。『パスカルエア』はこの“逆”ブレイトンサイクルの低温・低圧部分を利用して冷蔵庫内を冷やしています。

03『パスカルエア』の心臓部、一体型圧縮膨張機

では、超低温の世界を実現する『パスカルエア』の仕組みをもう少し詳しく説明しましょう。
『パスカルエア』の内部には、心臓部ともいえるターボ圧縮機があります。ターボ圧縮機は、羽根車を高速で回転させ、そのエネルギーで空気を圧縮することができます。このターボ圧縮機を動かすのは電力ですが、圧縮した空気を一気に噴き出して膨張させる際に、膨張機で発生する断熱膨張仕事を、モーターを介して圧縮機の補助動力として使用できるため、圧縮機の動力が約2/3となり、高効率連動が可能になっています。このように、圧縮機と膨張機がモーター軸で繋がって一体化しているのが『パスカルエア』の最大の特徴です。

*ターボ圧縮機については「圧縮機・回転機」をご参照ください。

図4 一体型圧縮膨張機の仕組み

図4 一体型圧縮膨張機の仕組み

圧縮機とモーター部分は90℃以上の高温ですが、膨張機側は-80℃になっています。つまり、軸(シャフト)を境に200℃近い温度差があります。この温度差は性能に大きな影響を与えるため、空気の流れや断熱を考慮した設計をする必要がありました。
そこで、回転するシャフトの軸受には、特殊な環境でも安定した高速回転が可能な非接触磁気軸受を採用しました。従来のボールベアリングの軸受には潤滑剤が必要でしたが、この磁気軸受はシャフトが常に空中に浮いているのでどこにも接触していません。そのため、潤滑剤は不要になり、磨耗する部品がなくなりました。また、ほぼメンテナンスフリーのまま長時間の運転が可能であることも確認できました。その他、磁気軸受の特長を活かして電気的に能動制御を行うことにより、振動・騒音も小さく、外部からの監視運転や異常検知機能を持たせると共に、油潤滑のための機器類を省くことにより、コンパクトな設計が可能になりました(図4)。
なお、この『パスカルエア』は庫内の空気を直接用いるオープンサイクルであり、最高使用圧力が0.2MPa以下と低圧で運転されるため、高圧ガス保安法の適応外となります。そのため設置時の届出申請が不要であり、日常の設備管理も容易です。

04実際の冷蔵倉庫でのフィールド試験

マグロ専用の冷蔵庫において、品質維持のために庫内-60℃の温度管理が重要とされています。しかし庫内を低温に維持するために多大なエネルギーコストが発生します。その上2020年以降はフロン系冷媒の使用が制限されるため、近年フロンに代わり環境負荷や毒性がない新冷媒を利用する冷凍設備の開発、実用化が求められてきました。
そこで某冷凍倉庫会社のご協力の下、空気を冷媒として用いる『パスカルエア』試作機をマグロ用冷蔵庫に設置し、運用試験を行いました。『パスカルエア』を導入したことで庫内を均一な温度に保つことが出来た上、少ない風量で十分マグロを冷却できたため、既存の冷凍設備に比べ品質管理が容易となりました。またブライン、冷媒、冷凍機油の充填作業が不要になったことでメンテナンスの手間がほぼなくなり、電気料金は従来に比べ大幅に削減できました。

図5 冷蔵倉庫の隣室に導入された『パスカルエア』

図5 冷蔵倉庫の隣室に導入された『パスカルエア』

図6 -60℃のマグロ貯蔵用の冷蔵倉庫内(天井のパイプが-80℃の冷気吹き出し口)

図6 -60℃のマグロ貯蔵用の冷蔵倉庫内(天井のパイプが-80℃の冷気吹き出し口)

『パスカルエア』は、冷蔵倉庫の壁に吸気管と排気管の2つの穴を開けるだけで設置が可能です(図7)。しかも、エアクーラーを設置しないため霜取り作業が不要となり、庫内の有効面積は約10%も広くなり、省エネとマグロ貯蔵量アップにも繋がりました。そして2009年11月、NEDOプロジェクト「エネルギー使用合理化事業者支援事業/営業倉庫における省エネ設備・技術導入省エネ事業」の補助金を受け、誕生して間もなかった『パスカルエア』6台が新設の超低温冷蔵倉庫に導入され、本格的な稼動を始めました(図5,6)。その効果は絶大で、従来に比べ30%以上の省エネ運転であることが実証できました。翌年8月には隣接する既存の冷蔵倉庫リニューアルに合わせて、さらに2台が導入されました。
2015年末現在、『パスカルエア』は既に70台納入され、マグロ専用の冷蔵庫ではスタンダードになっています。2009年に納入した1号機は6年間メンテナンスフリーで運転されています。

図7 冷蔵倉庫内につながる吸気管(左)と排気管(右)

図7 冷蔵倉庫内につながる吸気管(左)と排気管(右)

05応用範囲の拡大

『パスカルエア』の技術開発の実績が基になり、超低温冷蔵庫・フリーザー、ケミカルプロセス冷却(各種ガスの冷却・液化)、フリーズドライ食品製造などの分野で多数販売され、継続利用されています。さらに、薬品プロセス冷却での導入事例をはじめとして、高温超電導冷却や半導体冷却、医療用材料の保存、家電リサイクル時の凍結破砕など、新しい市場を開拓することが可能となり、「空気」を使って-100℃の超低温を発生させる冷凍システム『パスカルエアFC』も開発されました。
前川製作所では、これまで通りの食品業界においても新たな付加価値を高められるような市場を開拓するため、新たな取り組みの一つとして『パスカルエア』を搭載したトレーラーで各地を巡回するキャラバンを実施しました。トレーラーには『パスカルエア』本体とともにテスト用の冷蔵庫が並べて設置されており、巡回先のお客様が自ら実際の製品を持ち込み、気軽に冷凍テストをしていただくことが出来ます。このように、トレーラーに載せたままの状態でその優れた性能をお客様に実感していただけるのは、『パスカルエア』が省エネ・コンパクトで安全性が高く、高圧ガス保安法適用外かつメンテナンスフリーだからこその強みです。
この巡回キャラバンでは、2013年9月~11月にかけて東北地域(仙台、気仙沼、塩釜、石巻、八戸など)の水産食品会社を巡回し、サンマ、ウニ、サバ、カツオ、イワシ、サーモンなどの冷凍テストを実施しました。

図8(左) トレーラーに載せ各地を巡回中の『パスカルエア』図9 サーモンの冷凍テストの様子

図8(左) トレーラーに載せ各地を巡回中の『パスカルエア』
図9 サーモンの冷凍テストの様子

06おわりに

『パスカルエア』は現在受注生産を行っており、さらなる技術開発の進展やライン化により、省エネ、省スペース、コストダウンの対策に取り組んでいます。『パスカルエア』のメリットとして、超低温での冷凍・冷蔵を必要とする設備においては従来のシステムよりもあらゆる面で優位であること、風速が小さいため、身割れしやすい食品や軽くて吹き飛んでしまう製品の冷凍に適していることなどがあります。
私たちの身近なところで『パスカルエア』はすでに活躍しています。日本では高品質の魚介類がいつでもスーパーマーケットで手に入れることができます。またスマートフォンなどに用いられる半導体の製造工場や医療・医薬品・理化学分野などの市場においても極低温領域の技術が必要とされるため、今後も『パスカルエア』の需要は拡大していくことでしょう。
前川製作所は、このような社会的背景を把握した上で『パスカルエア』の宣伝活動を国内外問わず幅広い分野へ展開し、更なる市場拡大と新たな付加価値を付与することにより、社会へ貢献していきたいと考えています。

【謝辞】

ここで紹介した内容は、(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「エネルギー使用合理化技術戦略的開発事業」及び「エネルギー使用合理化事業者支援事業」の一環として実施されたものであり,フィールド試験に協力して頂き1号機を納入して下さった深澤冷蔵様ほか、ご指導・ご支援いただいた関係者の皆様に感謝の意を表します。