カーリング | 04

世界初のカール距離計測に成功!

カーリング INDEX

数ミリの精度

カーリング競技では、相手のストーンの間をスレスレにぬけたり、ストーンの後側にギリギリ回りこんだり、あるいはストーンにくっつくように止めたり、多種多様のショットが使われます。これらのショットを駆使するためには、重さ約20kg、直径約30cmのストーンの動きを数ミリの精度でコントロールする必要があります。しかし、ストーンはまっすぐ進むのではなく、曲がって、つまりカールして進みます。カールの度合いは速度の減少とともに増え、氷面のペブルや温度によっても変わります。オリンピック等の世界大会で活躍するエリート・カーラーたちは、このようなテクニックを自由自在に操り、数ミリという精度のショットを行っています。

カールとターンの関係

よく知られているように、ストーンは、右回転(時計方向)では右へ、左回転(反時計方向)では左へカールします。それでは、ストーンをより大きくカールさせるには、ストーンの回転(ターン)を増せばよいのでしょうか?減らせばよいのでしょうか?この質問を長いカーリング歴を持つプロの選手やコーチたちにしてみると、回答がバラバラです。ターンを増やしても減らしてもカールは変わらないという人もいるし、ターンを増やすとカールしなくなる、あるいは逆にカールが増えるという人もいます。世界中の文献を当たってみましたが、カールとターンの関係を明快に記述したものは見当たりません。

これでは何が正しいのか分かりませんので、札幌カーリング協会に協力をお願いし「ターンをかけるほどカールしますか?」というアンケート調査を行うことにしました。アンケートには、オリンピック、ユニバシヤード、その他の国際試合を経験した方たちを含む80名のカーリング関係者に参加して頂きました。

アンケートを集計してみると、NOが63%です。つまり、ターンを増やしてもカールは増えないと考えている人が半数を超えています。しかし、YES(19%)とYES/NO(どちらでもない18%)を合わせると37%ですから、ほぼ半数の方たちはそう考えていないわけです。結局、カールとターンの関係に関しては、やはり意見はバラバラで、共通の理解はないということです。ストーンを、例えば大きくカールさせたいとき、各選手は、ターンを増やすべきか減らすべきかの重要判断を、信頼できる科学データの存在しない中で決断していることになります。

カール距離の計測

500年も歴史があるスポーツなのに、現在でも頼れる科学データが存在しないのは不思議に感じるかもしれません。しかし、理由は簡単です。カールの計測が極めて難しいからです。選手の手を離れてからハウス付近で止まるまでの距離は約30mです。選手が数ミリの精度でコントロールしなければならないのは、30m先のストーンの動きなのです。アンケートの結果がバラバラなのもこれで納得できると思います。例えば、ほんの少しターンを変えてデリバーしたとしても、その結果カールが30m先でどれだけ変わったかを目視で“計測”するのはほぼ不可能だからです。カーリングの長い歴史の中でカール計測はいろいろな人たちによって試みられたに違いありませんが、文献として発表されているのは、2001年と2004年のカナダの研究者たちによる報告のみです。ただし、いずれも計測誤差が大きく、結果がカーリング関係者たちに利用されることはありませんでした。

世界初の精密計測に成功

このような状況を踏まえて世界初の精密計測「カーリング実験201403」が前川製作所技術研究所と私との共同研究として企画され2014年3月28日「どうぎんカーリングスタジアム(札幌)」で実施されました。実験と計測の詳細は別に報告してあります

カール距離の計測は、スタジアム天井に設置されたハイビジョン・カメラによって行われました。0.1秒毎に撮られた20万枚を超すディジタル画像データの解析からは、ストーンの重心位置が±6mmの精度で算出され、カール距離が総回転数の増加とともに減少することが初めてはっきりと示されました。総回転数とは、ストーンがホグラインから93フィート(28.3m)先のティーライン(ハウスの中心)で停止するまでの回転数です。近似直線(青線)の傾きが小さいことから分かるように、1回転毎に減少するカール距離は5.2cmと非常に僅かです。カール距離の違いを肉眼で“計測”するのが極めて難しいこと、そして今回のような精密計測によらなければ測定不可能であることが理解できます。

今回の精密計測によって、ターンを1回転増やすとカール距離が約5cm減少するということが確認されました。これは、カーリングの長い歴史の中で初めて明らかにされた科学データです。この結果をカーリングの選手やコーチの皆さんが有効利用し、科学データに裏付けされたスポーツとしてカーリングを進展させることを期待します。なお、5cmという値は、氷面のペブルや温度の違いでいくらか変わると考えられますから、将来的には世界中のカーリング・アイスに対してこの種のデータを蓄積する必要があります。また、カールとターンの関係がなぜこうなるかを説明する物理メカニズムの解明が次の難解で重要な研究課題となります。

*「カーリング実験201403」計測・解析の詳細:

  • 1.服部一裕・徳本大・柏崎耕志・前野紀一(2014):ディジタル画像解析によるカール距離の精密測定.日本機械学会シンポジウム:スポーツ・アンド・ヒューマン・ダイナミクス2014講演論文集、No.14-40、B-33.
  • 2.服部一裕・徳本大・柏崎耕志・前野紀一(2014):カーリング実験201403:カール距離の精密計測.日本雪氷学会日本雪工学会雪氷研究大会(2014・八戸)講演要旨集、B-4-4,92.
  • 3.前野紀一(2014):カーリング・ストーン動力学の課題.日本機械学会シンポジウム:スポーツ・アンド・ヒューマン・ダイナミクス2014講演論文集、No.14-40、B-34.