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低温環境の利用技術 | 01

低温環境下における水の性質に関して

低温環境の利用技術 INDEX

低温環境の利用技術を理解する上で、まず重要な水の物理化学的性質を以下に紹介します。

(1)水分子クラスタ(H2O)nの形成

水分子は酸素原子1個と水素原子2個から構成されており、酸素原子は電気陰性が強いために、水分子の酸素原子側は陰性(マイナス)そして水素側は陽性(プラス)に帯電した極性物質*1となります。この両原子間にはクーロン力の働きにより、両原子間の結合角度は104.5°となります(図1参照)。さらに、水分子間は酸素原子(-)と水素原子(+)の間で起こる水素結合で結ばれた三次元クラスタ(水分子の房状塊、(H2O)n)を形成します。このような水の構造による特性に起因して、大気圧下で同族列の水素化合物である硫化水素(H2S)等から予想される水の氷点は-100℃となり、実際の水の氷点(ひょうてん) 0℃とは大きく異なります。さらに、水の温度が降下し氷点下になると、このクラスタの塊が大きく成長して、氷生成の種となる氷核(ひょうかく)として機能することになります。

*1:正負の電極を有し、電荷の偏りが生じた分子から構成される物質。

図1 水分子クラスタの概念図

図1 水分子クラスタの概念図

(2)水の比熱は通常の液体に比較して大きい

水の比熱は15℃にて4.18kJ/(kg・K)と、通常の液体の比熱1.6~2.5kJ/(kg/K)に比較して約2倍も大きく、水の比熱の大きさが水の惑星と言われる地球の温度平準化や約60%の水分で構成されている人体の体温維持に寄与しています。図2は、水と氷の比熱と温度の関係を示したもので、0℃以下の過冷却水(後述の(4)で説明)では、温度の低下とともに、大幅に比熱が増加する傾向を示します。氷の比熱は、水の半分以下です。

図2 の比熱と温度

図2 水の比熱と温度

(3)水の密度は、約4℃(厳密には3.98℃)で最大

秋から冬にかけて、気温の低下とともに湖沼の水は水面から結氷し、湖沼底は地熱などの影響で約4℃を保持し、魚などの水生生物は凍死を避けて生存が可能となります。図3は、水と氷の密度と温度の関係を示したもので、水の密度は3.98℃で最大密度となり、温度の低下と共に密度が小さくなります。このことから、冬季における低温の水や過冷却水が水面に存在し、氷形成が水面で起こり、氷の密度が水よりも小さいことから生成した氷が表層に滞留することになります。

図3 水の密度と温度

図3 水の密度と温度

(4)水の過冷却現象

水を大気圧のもとで0℃以下に冷却しても、氷へと相変化しない現象を熱的過冷却と言います。雲などの微細な水滴は、-40℃位になっても過冷却状態が維持されます。北陸地方で見られる樹氷(じゅひょう)は、過冷却状態の微細な水滴が樹木に衝突して、過冷却が解放された氷が樹木に付着することで生成されます。冷凍庫にペットボトルに入れた水を徐々に冷却すると過冷却状態となり、外部から振動などの刺激を与えるとその過冷却水の熱量分だけ、シャーベット状の氷を生成することができます。この過冷却水は、氷核(ひょうかく)物質(ヨウ化銀など)の投入で解放されて氷の生成となります。写真1は、左上から-1.5℃の過冷却水が下面に衝突して、そこで氷結晶を形成し、さらに過冷却水の流れに向かって氷成長する状態を示したもので、通常の「つらら」と逆方向に氷柱が成長する様子が分かると思います。

写真1 過冷却水の凍結状態(逆つらら)

写真1 過冷却水の凍結状態(逆つらら)

(5)不凍水や結合水の形成

水と強い相互作用を持つ極性物質の界面近傍に水分子は結びつき、その水分子の熱運動は強く束縛されることで氷結晶の配位をとることができず、氷点下で不凍水や結合水として存在することになります。図4のように2枚のガラス板で水を挟み込むと、ガラス板間隔を狭くすることで不凍水として存在することができます。例として、ガラス板間隔2ミクロンの隙間において、約-80℃の不凍水として存在できることも報告されています。

図4 ガラス板距離δ(mm)と凍結温度の関係

図4 ガラス板距離δ(mm)と凍結温度の関係

(6)強力な溶媒としての水の機能

前述のように水は極性物質であり、水は極性溶媒として極性物質(金属イオンや親水性物質など)を良く溶かす性質を持っています。普通の水道水は、有機・無機物資などの不純物質が含まれており、この不純物質を取り除いて、水の純度を増すことで、溶媒としての機能を果たすことができます。半導体産業では、超純水(ちょうじゅんすい)*2を洗浄剤として利用しています。

*2:極端に純度の高い水で、その電気抵抗率が18MΩ・cm以上の水を指します。

(7)水の表面張力は大きい

水は通常の液体に比較してかなり大きな表面張力を有し、この表面張力は温度の低下とともに増加する傾向を示します。植物が根から水分を吸い上げる毛管力は、水の大きな表面張力が重要な役割を果たしています。

次回からの連載講座は、氷の性質や産業における低温環境の利用技術の基礎について紹介しますので、ご期待下さい。