低温環境の利用技術 | 11

氷雪の摩擦特性とその利用技術

低温環境の利用技術 INDEX
写真1 氷筍

写真1 氷筍

図1 氷筍の人工生成の概要

石灰岩洞窟で水滴が落下して洞床面からタケノコ(筍)状に上に向かって成長する鍾乳石は、同洞窟のある地域の観光資源となっています。写真1は、図1に示すように、上部に設けた水滴供給樋(とい)から約3℃の水滴を-4℃程度の環境中に継続的に落下させることで、人工的に生成させた 氷筍(ひょうじゅん)です1)。この氷筍を水平にスライスすると単結晶の氷板となります。この単結晶の氷板表面は、非常に摩擦係数の小さな滑りやすい氷結晶面となります。

第11回サイエンスコラムでは、氷雪の摩擦(滑り)特性とその滑りを伴う現象を取り上げ、その利活用についても解説します。

(1)氷面の滑り現象

凍った氷の路面を歩くと非常に滑りやすく、歩行が困難となることを経験した人は多いと思われます。この滑り易さは、摩擦係数*1という物理量で表され、複数の物質と平滑な氷面との動摩擦係数を温度の関係で示したものが図2です2)。図中の物質における滑り速度は4 m/sで、全体に温度の低下とともに、動摩擦抵抗は増加する傾向にあります。氷同士の摩擦係数が一番小さく、ゴムの一形態であるエボナイトそして金属である真鍮の順に摩擦係数が大きくなり、滑りづらくなります。このように、氷面は、物質の中でも非常に滑りやすい物質と言えます。

図2 氷面における物質の動摩擦係数と温度の関係

図2 氷面における物質の動摩擦係数と温度の関係

*1:摩擦係数[-]= 摩擦力[N]/垂直抗力[N]で定義されている無次元量で、摩擦係数が小さいほど滑りやすくなります。移動状態では動摩擦係数そして静止状態では静止摩擦係数と呼び、静止摩擦係数の方が動摩擦係数よりも大きくなります。

ここで、物質の滑り速度と動摩擦係数の測定結果(温度約12℃の条件)を示したものが図3です。スケートのブレイド(刃)に用いられている鋼は、動摩擦係数が非常に小さく、0.005程度と小さいもので、滑り速度の依存性はほとんどないようです。一方、カーリングストーンとしても利用される花崗岩の場合の動摩擦係数は、移動速度に対する変化が大きくなります。まずa-b間では、花崗岩と氷結晶の付着性が大きく、氷表面結晶の塑性変形により滑りが起こり、その変形による抵抗の増加が動摩擦抵抗の増大をもたらします。b-c間では、氷結晶の塑性変形と付着氷の破壊のエネルギーの増加が大きな動摩擦抵抗を生むことになります。さらに、c-d間では、氷表面と花崗岩との摩擦熱により発生した水膜の潤滑作用により、動摩擦抵抗が減少するとされています3)

図3 滑り速度と氷の摩擦係数の関係

図3 滑り速度と氷の摩擦係数の関係

これまでは、氷結晶面と他の物質間の動摩擦係数を説明してきましたが、相手となる物質の熱伝導率や氷との付着性などが影響すると考えられます。
純粋に氷結晶の摩擦係数を議論する場合は、氷結晶面と氷結晶面間の動摩擦係数を検討する必要があります。図4は、氷結晶面と氷面結晶間の動摩擦係数と滑り速度に関する実測値で、温度条件は約-10℃~20℃(青丸)と約-30℃(黒丸)の場合です。氷結晶の動摩擦係数は、滑り速度により大きく変化することになります。低速度領域である滑り速度10-2m/s時速3.6m/h)以下の領域では、氷結晶面の薄い層において摩擦面にある氷の凸凹同士が付着し、せん断による氷の塑性変形抵抗が氷摩擦の原因とされています。この現象は凝着理論と呼ばれています。温度領域が-10℃~-20℃と-30℃のデータにはその傾向に少し違いありますが、滑り速度の低下とともに、動摩擦係数は増加する傾向にあります。この原因として、滑り速度の低下とともに、氷結晶の凸凹な結晶間に焼結現象*2が進行し、その付着(凝着)面積の増大がせん断応力すなわち動摩擦抵抗の増加に繋がると説明されています。一方、滑り速度が10-2m/sを越える高速領域では、摩擦熱による氷の融解が増えることで、水結晶膜による潤滑作用により、動摩擦係数の低下となります。また、-10℃~-20℃の温度環境では、滑り速度1m/s以上の領域では、滑り速度の増加とともに、動摩擦係数は増加するようになります。この滑り速度の領域では、摩擦熱により水の生成が大きくなり、水の粘性抵抗の増加が動摩擦係数の増加になります3)

*2:氷結晶粒子を接触させると、その表面エネルギーに起因して起こる表面拡散などで、氷結晶が肥大化する物理過程です。

図4 氷と氷間の滑り速度と氷の摩擦係数の関係

図4 氷と氷間の滑り速度と氷の摩擦係数の関係

以上のように、氷の動摩擦係数に関連する諸現象を説明しましたが、氷結晶表面は表面エネルギーの高い状態にあり、氷分子や水分子が入り混じった疑似液体層が存在し、この疑似液体層が氷の滑りを促進するという疑似液体層理論があります。図5に示すように、氷層内部は、氷結晶が結合した状態で分子運動をしています。一方、氷表面では内部の強い氷分子結合は見られず、氷結晶と電気双極子を有する水分子が混合した状態の疑似液体層が氷の滑りすなわち動摩擦係数を促進するというものです。最近は、氷表面の疑似液体層をレーザー共焦点微分干渉顕微鏡*3により、詳細に観察が可能となり、疑似液体層による氷の滑り現象の解明に寄与しております。この疑似液体層の厚さは、10nm~100nm程度との報告もあります4)

図5 疑似液体層(水膜)の概要

図5 疑似液体層(水膜)の概要

*3:薄膜である疑似液体層厚などの変化を光の干渉を利用して明暗のコントラストに変換する機能を有する微分干渉顕微鏡の機能と、ピンホールと共に光源としてレーザーを用いることでノイズ光を大幅に除去して観察像を鮮明できるレーザー共焦点顕微鏡の機能を併せ持つ光学顕微鏡で、1分子レベルの段差を可視化できる高い分解能を有します。

(2)スケートやスキーなどの滑り現象

上述における氷結晶面の動摩擦係数は、物質と氷結晶面の接触面積が比較的大きな場合の例であり、スケートやスキーなどでは、氷や雪面と接触する面積が小さく、それらの形状も動摩擦係数に影響を及ぼすことになります。また、スケートやスキーの速度は、氷結晶面との摩擦作用や風圧などの影響も強く受けることになります。

(a)スケートの滑り現象

スピードスケートの刃の厚さは、1.2mm~1.5mm(フィギュアスケートの刃の厚さ:2.5mm~3.8mm)であり、この刃によって氷結晶の表面に溝が刻まれ、再結晶化や微細なクラックが発生します。また、溝の外側には小さな氷の盛り上がりができます。低速度における動摩擦係数は、図6に示すように重り(荷重:380ニュートン)を付けたスケートをけん引装置により、多結晶氷面(後述の図8(a)参照)を低速度で滑走させて測定されています。

図6 スケートの動摩擦係数測定装置の概要

図6 スケートの動摩擦係数測定装置の概要

図7は、スケートの低速度(滑走速度)領域における動摩擦係数と滑走速度の関係を示したものです。
動摩擦係数は、牽引力(摩擦力)を荷重で割ることで求めています。測定時の氷の温度は、-5.5℃で、荷重は380ニュートン[N]の場合です。図中の枠で囲んだ部分が測定値の範囲を示しています。データにばらつきがありますが、速度の増加とともに動摩擦係数が減少する傾向にあることが理解できます。

図7 低速領域におけるスケートの滑走速度と動摩擦係数の関係

図7 低速領域におけるスケートの滑走速度と動摩擦係数の関係

図7に示すスケートの滑走速度による動摩擦係数の変化は、氷結晶面が図8(a)に示すように結晶面の方向が様々な方向を有する多結晶氷によるものです。氷面の滑り易さは、結晶面の方向で変わることが知られています。図8(b)は、氷柱の氷結晶面方向により動摩擦係数が変わることを示したものです。氷結晶構造のc軸に垂直な底面(ベーサル面*4)の動摩擦係数が最も小さく、さらに柱面の結晶端面の結晶層に並び沿う方向の動摩擦係数が次に小さくそして結晶層を横断する方向の動摩擦係数が一番大きくなります1)

競技用スピードスケートで氷の滑りが良い、すなわち氷の動摩擦係数の小さなc軸に垂直なベーサル面でできた氷面で構成される高速スケートリンクを作る試みが、長野冬季オリンピックで実施されました。上述の写真1で示す単結晶の氷筍を直径約40cmに成長させて、氷厚さ約7mmに薄く輪切りした単結晶氷シート約60万枚をスケートリンクにある基盤氷の上に敷き詰めて、水を供給しながらゆっくりと氷結晶を成長させて、ベーサル氷結晶面を完成させています。その結果、通常のリンクに比べて動摩擦係数が約20%も小さな高速リンクとなり、長野オリンピックでは、5つもの世界記録が生まれました。また、スケートの滑走速度は、氷の動摩擦係数以外に空気抵抗の影響が大きいので、平地よりも空気抵抗が小さな高地にあるスケートリンクが記録には有利になります5)

(a)多結晶の氷表面

(b) 氷柱の結晶方向と摩擦係数

図8

近年、製氷技術を使ったアイススケートリンクなどの建設費や維持費などの削減に、氷を使わないプラスチックなどの合成樹脂を使った模造氷のリンクが出現しています。材質はポリエチレンプレートなどの比較摩擦係数の小さいものが選定されており、その表面に潤滑剤としてワックス膜を塗り、スケートの刃(ステンレス)との摩擦係数は、0.15~0.27程度とされて、氷面より滑りは劣るようです。

*4:氷結晶層は、トランプのカードを積み重ねて柱状にしたものに例えられ、カードの面は、図8(b)に示すような氷の結晶構造格子(0001)面すなわち氷結晶のc軸に垂直な面をベーサル面と呼んでいます。

(b)スキーの滑り現象

スキーの雪面に対する滑りは、スケートのよりも他の因子の影響を受けることになります。
図9は、スキーの滑りに対する抵抗を示したもので、・空気抵抗、・スキー底面と雪面間の摩擦抵抗、・スキー先端曲げ部による除雪抵抗などです。 スキーの滑りに関連する雪質に関して、「新雪」は積もって間もない雪で、密度は70~100kg/m3と小さく、雪の重みで圧縮された「しまり雪」は、密度300~400kg/m3そして雪粒が大きくなった「ざらめ雪」は、密度300~500kg/m3とされています。

図9 スキーの滑りに関連する因子

図9 スキーの滑りに関連する因子

しまり雪(雪密度350kg/m3)面上で、スキー(ポリエチレン製)に荷重(500ニュートン)を印加して、けん引装置によりスキーを一定速度で滑らせて、動摩擦係数の測定した結果を図10に示します。スキーがしまり雪面を滑走した後には、圧接された溝(シュプール)が観察されます。滑走速度の増加とともに、動摩擦係数は増加する傾向にあり、スキーに疎水性のワックスを塗布した場合の方がその潤滑作用により動摩擦係数は小さくなる傾向にあります1)

図10 スキーの滑走速度を動摩擦係数の関係

図10 スキーの滑走速度を動摩擦係数の関係

(c)カーリングストーンの滑り現象

氷結晶面の滑りを制御するスポーツにカーリングがあります。カーリングストーンは硬い花崗岩からできており、直径30cm、質量20kg、その底面はカップと呼ばれ、図11に示すように窪んでおり、直径130mm、幅5mm程度のリング状のランニングバンド呼ばれる平坦部があります。氷表面に噴射ガンにより水滴を噴霧し、微細な氷結晶粒子であるペブルを分散生成させます。写真2に示すペブルによる凸凹した氷面状を、カーリングストーンの平坦なランニングバンドがペブルを塑性変形や破壊を繰り返しながら、カーリングストーンが複座な軌跡を描いて滑走することになります。ランニングバンドとのペブルの存在する氷結晶面の摩擦現象は複雑なものとなります。このペブルを含む氷面とランニングバンド間の摩擦力の分布などから、ストーンに右回転の自転が加わると、ストーンは氷面上を右に曲がり、左回転の自転でストーンは氷面上を左に曲がることになります1)。カーリングストーンの動力学的挙動の詳細な解説は、サイエンスコラムの関連サイトである「カーリング」をご覧ください。

図11 カーリングストーンの構造

写真2 ペブルの状態

(3)氷の滑り現象を利用した交通機関

(a)ソリ(橇)の滑り

今から約4000年前のエジプトでは、ピラミッドの建設に重さ数トンの石を木製のソリ(橇)などを利用して運搬する際に、地面に油などを撒いてソリの滑りを良くして効率的な運搬をしていたそうです。ソリは代表的な雪・氷上の運搬具であり、特に雪上ではソリの滑り面を広くして荷重を分散することで沈下を防ぎ、牽引力や移動速度が得られるようにしています。ソリは自力で動くことや方向転換ができないので、動力ごとに、人力ソリ、犬ゾリ、馬ソリなどの形態があり、運搬具や交通機械として活用されています。冬の交通手段として1960年代位までは北海道や東北地方で、図12に示すような馬ソリが活躍していました。ソリの滑り面の摩擦抵抗を少なくするために、ステンレス製のライナーを木質のすべり面に取り付ける工夫がされていました6)

図12 馬ソリの構造

図12 馬ソリの構造

(b)スケート電車

氷の滑り現象を利用した新都市交通システムの検討がなされていました。写真3は試験用スケート電車の外観を示したもので、図13はスケート電車の概要を示しています。木造の試作電車二両が四つの氷塊(角型)に乗って1周約30mの軌道上を速度20km/hで移動したと報告されています。氷の車輪の魅力は、軌道である凹状の樋内で融解した薄い水膜が摩擦抵抗の極端な低下をもたらし、運転コストと通常の軌道に比べ建設コストも大幅に低減すると言われています。推進力は、電車の車底中央に設置した電気モーターで駆動する動力輪で、発進、推進そして停止を制御します。試作電車では角型氷を使用していましたが、車輪と同様の形状で、外周の部分を氷層とした氷車輪と軌道との接点で氷の融解が進むと新たな氷を形成する冷却システムの検討もされています。夏期においても氷の解ける速さは1分間に平均5mm程度と計算されて、十分夏期でも運転可能と報告されています。

このような氷の車輪の利用は、振動、騒音そして摩擦による摩耗切削も少ないことより、クリーンルームなどでの搬送システムなどが期待されます7)。また、寒冷地域でのリニアモーターカーのプラットフォームに氷の軌道を設けて、着地に伴う数十トンの荷重を支えて、プラットフォーム内の移動を可能とする構想もあります。

写真3 試作スケート電車の概要

図13 スケート電車の概要

(4)純氷の搬送

氷の低い摩擦は中国の明時代に十三陵の建設にあたり、大理石の運搬に氷の軌道を利用した例があります。純氷(じゅんぴょう)は、透明で硬い飲食用途の氷で製氷工場において製造されます。製造工程として、カルキや臭気などの不純物を取り除いた原水を満たした矩形のアイス缶を-10℃程度に保ったブラインプールの中に漬けます。アイス缶に圧縮空気を送り、水中に残留した空気などを空中に放出します。アイス缶の蓋を除く5つの冷却壁面から透明な氷がアイス缶中心に向かって進みますが、約24時間後、アイス缶中央部の残っている水をパイプで抜き取り、新たな水を注入して氷の生成を継続します。この工程を繰り返して、中心部まで凍った段階で製氷を終了します。得られた透明な氷柱は、硬く溶けにくい透明な氷となります。氷柱の標準的寸法は、高さ1050mm×幅560mm×奥行き260mmそして質量は約136kgです。
角柱氷の質量は、136kgと重いので、写真4に示すような底面をステンレス板の樋を傾斜することで、氷面とステンレス面の滑りを利用した無動力での搬送が行われています7)

写真4 氷柱搬送用傾斜樋

写真4 氷柱搬送用傾斜樋

(5)引抜き加工への氷層の利用

引抜き加工は、金属の線、棒や管の断面を縮めて長さを伸ばす塑性加工技術で、中心に円錐形やラッパ状の穴が開いた硬い工具であるダイス穴に加工品(電線など)を通し、引張力を加えて引き抜きます。この引抜き加工により、加工品の断面を縮小し、長さを伸ばすことになります。図14は、金属線の表面に氷層を生成した引抜き加工装置の概要を示したものです。まず金属線を液体窒素で冷却し、調湿槽を通じて線表面に氷膜を生成させた状態で、ダイスにより引抜き加工を行います。図15は、Be-Cu合金線とAg-Cu合金線に関して、動摩擦係数と引張加工による断面減少率((加工前の断面積 - 加工後の断面積)/加工前の断面積)の変化を示したもので、室温引抜きよりも低温引抜き(氷膜形成)の方が摩擦係数の値は相対的に小さく、断面減少率による変化は小さくなります。図16は、湿度調整槽の相対湿度を変化させた場合の引抜き力の関係を示したもので、相対湿度30%から90%の範囲で、氷膜を形成した場合の引抜き力の低下が見られ、氷の滑りの効果が表れています。図17は、Fe-52%Ni合金線と銅(Cu)線に関して、総断面減少率と引張強さの関係を示したものです。いずれの加工材においても、氷膜を形成した低温の方が引張強さの増加が見られます。
引抜き加工において、加工線材に氷膜を形成することで引張動力の減少や引張強さの増加の効果が表れていることになります8)

図14 引抜き加工試験装置の概要とダイス部

図14 引抜き加工試験装置の概要とダイス部

図15 断面減少率と摩擦係数の関係

図15 断面減少率と摩擦係数の関係

図16 相対湿度と引き抜き力の関係

図16 相対湿度と引き抜き力の関係

図17 断面減少率と引張強さの関係

図17 断面減少率と引張強さの関係

(6)圧雪・氷板路面の滑り抑制に関する技術

積雪寒冷地域の車道は、圧雪や氷板などの雪氷路面による滑り現象による自動車衝突事故が毎年約3000件も発生しています。また、スパイクタイヤの使用禁止に伴って、滑る路面が頻繁に発生して、路上転倒による負傷者が増えています。札幌市では、雪氷路面による緊急搬送を伴う転倒事故は毎年約70件の報告があり、その4割は60~70歳代の高齢者となっています9)

雪氷路面の滑り防止には、従来から微細な砕石などの滑り止め材や融雪剤による雪氷の融解消失さらにスパイクタイヤによる抗力の増大などが実施されていました。しかしながら、滑り止め材の粉塵化や融雪剤の腐食そしてスパイクタイヤによる路面材の粉砕粉塵化などの公害問題で、現在はこれらの多くは使用されていない状況にあります。前述のように雪や氷の摩擦係数は、他の物資に比較して非常に小さく滑り易いものですが、路面上の雪氷は、気温や日射などにより融解し、形成された水膜や前述の疑似液膜の存在により滑り易い状態を作り出しています。この雪氷表面に形成される水膜の排除が路面の滑りを防止する基本となります。

以下に、圧雪・氷板路面の滑り防止技術について紹介します。

(a)圧雪・氷板路面における靴の滑り抑制

滑りやすい雪氷路面の歩き方として、①重心移動の少ない小さな歩幅で歩く、②靴の裏全体をつけて歩く、③急がずに焦らずに余裕を持って歩くなどが推奨されており、歩き始めと歩く速さを変えるときは要注意とされています。
積雪寒冷地域の冬期用靴は、耐滑性を有すことが必須条件とされ、ゴム製の靴底は滑り止め用突起や水膜排出用の窪んだ凹部などを有しています。通常、靴底の氷面に対する動摩擦係数は、0.25以上が推奨されています。
写真5は、靴に取り付ける滑り止めストラップと靴への装着状態を示したもので、ゴムや塩化ビニール製の凸凹形状を有する滑り止めと靴に取り付けるポリプロピレン製ストラップ(ひも状のバンド)から構成されます。滑り止めの凸は、圧雪や氷面に接触し、凹部は水膜の排水機能を有します。ゴムの動摩擦係数は、0.4~0.6の範囲にあり、プラスチックの0.02~0.05より非常に大きく、滑り止めの効果は大きいとされています10)

写真5 滑り止めストラップと靴への装着状態

写真5 滑り止めストラップと靴への装着状態

(b)車タイヤの滑り現象とその防止策

冬季の路面に雪氷が存在する場合は、車輪が滑って危険な運転状態になります。
タイヤメーカーは、この雪氷道でもタイヤ(ゴムと高分子材の混合材料)と雪氷層の間の摩擦を大きくして滑らないような工夫をしたスタッドレスタイヤを開発しております。図18は、路面の雪氷層と発生した水膜そしてタイヤ表面の関係を示したものです。通常高速回転するタイヤ外周表面の摩擦熱などによる雪氷の融解に起因する水膜や疑似液体膜(水膜)の存在で水と氷結晶が混合した薄い層が発生して、その結果タイヤ外周との摩擦係数が小さくなり、タイヤのスリップや雪氷層へ伝える推進力が減少するようなります。
この水膜をタイヤ外周に設けた溝やスポンジ構造とすることで積極的に水分を吸収し、排出するよう工夫がされています。

図18 タイヤと路面上の雪氷の関係

図18 タイヤと路面上の雪氷の関係

(c)圧雪・氷板路面処理装置

圧雪・氷板路面用滑り止め材以外に、雪氷路面を粉砕する施工技術があります。
圧雪・氷板路面装置は、斜めに切断した形状の鋼製丸棒(ピック)を複数個、回転軸(エレメント)表面に装着し、これを路面に押し付けて回転することで、圧雪・氷板を粉砕処理する構造です。写真6は、圧雪路面を粉砕処理中の状態と圧雪路面の粉砕処理後の状態を示したものです。この粉砕処理した圧雪塊は排雪装置で取り除かれ、滑らない路面となります11)

写真6 圧雪処理装置による粉砕処理と処理後の路面状態

写真6 圧雪処理装置による粉砕処理と処理後の路面状態

(d)カーリング用靴の滑りと耐滑性機能

カーリングでは、カーリングストーンに力を加えて加速するために、履いている靴には滑り易さと氷面から反力を得る滑らない機能が必要となります。この両方の機能を満足させるには、写真7に示すように片方の靴底(スライダーと呼ぶ)は、摩擦係数の小さなプラスチック材を利用し、他方の靴(グリッパーと呼ぶ)は、摩擦係数の大きなゴム製カバーを履いた状態としています。このような両方の靴の機能で氷面上を自由に移動することが可能となります。

スライダー
(すべり面)

グリッパー
(滑り止め:スライダーに被せて使用)

写真7 カーリング用靴の外観

参考文献

  • 1)対馬勝年、氷雪のトライポロジ―、富山大学出版会(2013)、頁Ⅳ、27、40、126
  • 2)安留哲ら、日本雪氷学会誌雪氷、Vol.61(1999)、頁437
  • 3)前野紀一、氷の科学、北海道大学出版会(2006)、頁140-146
  • 4)古川義純、日本機械学会誌、Vol.112(2009)、頁54
  • 5)低温工学・超電導学会編、低温の不思議現象小辞典、講談社(2011)、頁46
  • 6)対馬勝年、表面化学、10巻(1989)、頁47
  • 7)稲葉英男、機械の研究、43巻(1991)、頁336
  • 8)小林勝、極低温金属加工、日刊工業新聞社(1998)、頁31
  • 9)新谷陽子ら、総合都市研究、No.85(2005)、頁57
  • 10)吉村圭司、テクノ東京21、(独)東京産業技術研究センター、No.136(2004)、頁13
  • 11)三浦豪ら、機械技術検討会報告書、(独)土木研究所寒地土木研究所、No.7(2011)、頁1