カーリング | 07

ストーンの曲がりを説明する理論「エッジ切削モデル」

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カーリングの歴史はずいぶん長いのですが、ストーンが曲がる、すなわちカールするメカニズムの完全な理解は現在でもまだ得られていません。第3回で説明しましたように、ストーンに作用する力は氷面の摩擦力だけです。また、ストーンが曲がるのは後部の摩擦力が前部より大きいためです。この二つは力学的に明らかな事実です。しかし、なぜ後部の摩擦力が前部より大きいのかを説明する物理メカニズムがまだ確定していないのです。

エッジ切削モデル

第3回では2010年に発表した私の理論「蒸発摩耗モデル」を紹介しました。この理論はカールすることは説明できるのですが、カール距離を計算してみると実際のカール距離より短いため、この理論だけではストーンの動きを完全に説明することはできません。その後2013年にスウェーデンのナイベルクたちが「スクラッチ・ガイド・モデル」を、また2016年にはカナダのシェゲルスキーとロゾウスキーが「ピボット・スライド・モデル」を発表しました。2つの理論のうち前者は、ランニング・バンドが氷面につけたスクラッチ(傷)に引っかかってカールするというものです。しかし、そのようなスクラッチの証拠は見つかっていません。後者は、時々ランニング・バンドの一点の摩擦力が瞬間的に大きくなりその点を軸にストーンが微小回転する、という考えですが、これもまだ実験的に確かめられていません。このモデルには、そもそも重さ20kgもあるストーンを一点で固定・回転させるほど氷が強いとは考えられない、という疑問も提出されています。

このような状況で私は2018年に新しい理論「エッジ切削モデル」を発表しました(1)(2)(3)(4)。前回のコラム第6回でカーリング・ストーンが滑った後には氷くずが残されることを述べましたが、この理論はこの氷くず生成の力がストーンの運動の抵抗として作用するという理論です。第6回の図1を見てください。ストーンが氷上を滑ると氷上のぺブルは前面ランニング・バンドの外側エッジと後面ランニング・バンドの内側エッジによって切削されます。いろいろな考察から、1個のぺブルあたりのエッジ切削抵抗\(G\)は、エッジ角\(\theta\)、ストーンの並進速度\(V\)、回転速度\(W\)\(W =r\omega\)\(r\):ランニング・バンドの半径、\(\omega\):角速度)の関数として次式で与えられました(5)(6)(7)

\(G=Kf\theta^{\alpha}U^{\beta}e^{\gamma W}\)      (式1)

ここで、\(K\)は定数、\(f\)はストーンの荷重、\(U\)はエッジとぺブルの相対速度、指数の値は\(\alpha = 1.41\)\(\beta = -0.319\)\(\gamma = -3.42\)です。この式によりエッジ切削モデルによるストーン運動の数値シミュレーションが可能となりました。

内側エッジ角は外側エッジ角より大きい

式1を使えばストーンに作用するエッジ切削抵抗が簡単に計算できます。しかし、その前に一つ注意すべき重要なことがあります。それはエッジ角の大きさです。下のストーン底面の写真(図1)を見てください。ちょっと見にくいのですが、実はランニング・バンドの内側エッジ角\(\theta_{IN}\)と外側エッジ角\(\theta_{OUT}\)は完全には等しくはありません。この写真の場合、照明の関係で内側エッジが外側エッジよりはっきりと見えます。このことを詳しく調べるために、実際の競技で使われている幾つかのストーンを借用してエッジ角を精密計測しました。その結果、どのストーンも\(\theta_{IN}>\theta_{OUT}\)で、\(\theta_{IN}\)\(\theta_{OUT}\)より平均3°大きいということがわかりました(3)

つまり、ランニング・バンドがぺブルに出会うとき、内側エッジが出会う方が外側エッジが出会うより大きい切削抵抗を受けるということです。つまり、ランニング・バンドの後部は前部より大きな抵抗を受けます。その結果、ストーンは曲がって進むと予想されます。実際にそうなることはランニング・バンドが出会うすべてのぺブルから受ける抵抗を計算してみると分かります。

図1 ストーンの底面

図1 ストーンの底面

照明の都合でランニング・バンドの内側エッジははっきり写っている。外側エッジはうっすらとしか識別できない。どうぎんカーリングスタジアム(札幌)で撮影(2018.6.26)。

エッジ切削モデルによる計算

計算結果の例を紹介します。ストーンが左に滑るとします(第6回の図1)。ストーンが氷面から受ける抵抗\(H\)は、ストーンが出会うすべてのぺブルに関しての、ランニング・バンドのクーロン摩擦力\(F\)とエッジ切削抵抗\(G\)の合計です。氷表面の状況によって異なりますが、ランニング・バンドに接触するぺブルの合計数\(J\)はおおよそ20~300個です。\(H\)は各ぺブルによる\(F_{q}\)\(G_{q}\)を計算しそれらの合計から求めます。

\(H=\displaystyle\sum_{q=1}^{J}F_{q}+\sum_{q=1}^{J}G_{q}\)      (式2)

ストーンの摩擦係数は、定義により、\(H\)をストーンの重さで割ると求まります。エッジ角\(\theta_{IN} = 11\)°、\(\theta_{OUT} = 8\)°のストーンの場合の計算結果を図2に示しました。図はストーンの並進速度との関係を示したもので、パラメーターは角速度です。この結果から、摩擦係数、すなわち氷面から受ける抵抗のほぼ90%は通常のクーロン摩擦によるもので、残りの10%程がエッジ切削抵抗であることが分かります。ストーンの滑る距離はほぼ前者の値で決まります。後者のエッジ摩擦抵抗はストーンのカールの原因となります。

図2 合計摩擦係数と速度の関係

図2 合計摩擦係数と速度の関係

式2で計算した角速度0.1, 1, 2.5, 3 rad/sの時の合計摩擦係数。エッジ切削抵抗は合計のおよそ10%。

図3は実際のカーリング場で測定したストーンの摩擦係数との比較です。測定データは、アイスシートの温度やぺブルの状態の違いのため0.005~0.025の範囲にありますが、計算結果の範囲と一致しています。

図3 合計摩擦係数の計算値と実測値

図3 合計摩擦係数の計算値と実測値

△+印は実際のカーリング場で測定された摩擦係数(△:-2.8~-3.5°C、 +:-3.4°C)

図4は、実際の競技のように、このストーンをホグラインから左回転でドローショットした場合の運動軌跡です。ストーンの初速度は2m/sですが、厳密にはストーンが28.3m先のティーラインで止まるように初速度を2±0.07m/sの範囲でかえて計算しています。図から明らかなように、ストーンは左にカールしながら進みティーラインまでにほぼ1mカールしています。この結果も実際のストーンの動きをよく再現しています。

図4 ストーンの運動の軌跡

図4 ストーンの運動の軌跡

ストーンはティーラインで停止するようにホグラインから左回転、約2m/sで投げられた。

図4には角速度を3段階変えた計算結果が示されていますが、角速度を変えてもカール距離はあまり変わらないか、むしろ角速度の増加とともにカール距離が少し減っているように見えます。このコラム第4回で書きましたように、カール距離の世界初の精密計測が前川製作所技術研究所と私との共同研究で実施されました。ストーンの重心位置が±6mmの精度で計測され、カール距離が合計回転数の増加とともに減少することが初めてはっきりと示されました。

その計測結果が図5の点データです。計測と同じ条件のもとで計算した結果が直線です。両者は驚くほどよく一致しています。この結果から、合計回転数の増加とともにカール距離がゆっくり減少するという事実は、理論的にも証明されたということができます。

図5 カール距離と合計回転数の関係

図5 カール距離と合計回転数の関係

合計回転数はストーンがホグラインからティーラインで停止するまでの回転数。
点データが計測値、直線がエッジ切削モデルによる計算値。

エッジ切削モデルの課題

以上述べたように、エッジ切削モデルは、カーリング・ストーンの運動のほぼすべての観測事実を説明することができます。残された課題は、モデルの中心である切削抵抗の式1の実験的検証です。ただ、カーリンング・ストーンの材質は花崗岩ですから、花崗岩の工具を製作して氷の切削抵抗を測定するのはかなりの難題です。それにもかかわらず将来なんらかの工具を使った氷の切削抵抗測定が、エッジ角、縦速度および横速度の関数として行われることが期待されます。

もう一つの課題は、実際のカーリング場におけるエッジ切削モデルの検証です。すなわち、ストーンの内側エッジ角と外側エッジ角のいろいろな組み合わせによる検証実験です。私は既に、エッジ角をいろいろ変えた模擬ランニング・バンドを製作し、実際のカーリング場で検証実験を試みましたが、満足できる結果は得られませんでした。理由は、模擬ランニング・バンドをアルミニウムあるいはステンレス鋼で製作したのですが、金属と花崗岩では力学特性や熱特性があまりにも異なり別の影響が生じたためと考えられます。従って、正しい検証実験は花崗岩のストーンを加工して行うべきです。

参考論文

  • 1. 前野紀一(2018) カーリング・ストーンはなぜ曲がるか?新理論:エッジ・モデル.北海道の雪氷、37、18-22.
    https://www.seppyo.org/hokkaido/journal/j37/04_2018_snowhokkaido37_Maeno.pdf
  • 2. 前野紀一(2018) 氷の切削メカニズムとカーリング・ストーン運動のエッジ・モデル. 日本雪氷学会日本雪工学会雪氷研究大会(2018)講演要旨集、A2-3,39.
  • 3. Maeno, N.(2018) Edge model of the motion of a curling stone. 日本機械学会シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス講演論文集2018,D-1.
  • 4. 前野紀一(2020)カーリングのストーンはなぜ曲がるのか? 望星(東海教育研究所),51(3),34-42.
    https://www.tokaiedu.co.jp/bosei/contents/2003.html
  • 5. 前野紀一(2019) 氷の切削メカニズムとカーリング・ストーン運動のエッジ・モデル(2). 日本雪氷学会日本雪工学会雪氷研究大会(2019)講演要旨集、S1-1,1.
  • 6. Maeno, N. & others (2019) Edge model of the motion of a curling stone(2). 日本機械学会シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス講演論文集2019,B-12.
  • 7. 前野紀一(2021) 氷の切削メカニズムとカーリング・ストーン運動のエッジ・モデル(3). 日本雪氷学会日本雪工学会雪氷研究大会(2021)講演要旨集、B3-3, 87.

(前野 紀一/北海道大学名誉教授)