フード・バリュー・ネットワーク | 06

「生命」と「食生活」のコラボレーション

フード・バリュー・ネットワーク INDEX

なぜ低温が利用されるのか

飽食の時代と称されて久しい我が国では、農林水産物、つまり食原料の品質は、収穫や捕獲直後から家庭用冷蔵庫に至る低温流通過程、つまりコールドチェーンにより低温の品質維持効果を利用し、「美味しさ」と「安全・安心」などを保証して消費者の家庭に届けられている。このような消費者の購買意欲と要望を満足させ、食原料の生産地から加工-流通-消費地に至るネットワークを通じてビジネスを優位に展開するためには、対象とする食品ごとに鮮度や美味しさを保つ最適な温湿度環境条件、つまり食材独自の「品温」を考究して恒常的に保蔵する研究開発が進展している。したがって、コールドチェーンには食料の60%以上を輸入に依存している我が国の食料需給状態を安定的に定着させる技術と施策が肝要となる。

しかし、国産のキャベツ、トマト、ブロッコリー、根菜類などの青果物は、生産地の季節や収穫する時の天候と所要時間にもよるが、健康な消費者の体温と同様にそれぞれが生理活性を維持する「品温」を維持している。つまり青果物の形態や外観を形成し、食原料に蓄積された水分、澱粉、タンパク質、脂質、糖質、色素などは、植物性食品の呼吸作用や蒸散作用などの生理活性を維持するエネルギー源となっている。他方、青果物を食べている人体の生理機能を円滑にコントロールする役割は、上述した食原料のエネルギー物質に加えてミネラル、ビタミン、酵素および機能性物質などが担っている。赤道を挟む熱帯ベルト地帯で収穫されるバナナ、パイナップル、パパイヤなどは、船舶や航空機を利用して輸入されているが、横浜港や神戸港地域の輸入業者により「ムロ(室)」と称される保蔵庫内に貯留され、市場価格の変動をモニターしながらビジネスに有利な市場価格のタイミングを選んで出荷されている。

追熟ホルモン「エチレン」の利用法と留意点

図1 成果物の生理作用と低温環境の適用法

熱帯原産果実の出荷準備は、エチレンガスを収納ボンベからムロ内に放出し、この操作と同時に温度設定プログラムを始動させて開始される。上述した果実の中でも、日本の消費者に馴染み深いバナナは、表皮の色を均一な黄色に整えてスーパーマーケットやコンビニエンスストアの「品温」を管理する温湿度ショーケースに展示される。しかし、バナナの輸入主産地であるフィリピンでは、青色の未熟バナナを枝ごと切断し、その房を竹網カゴに収納して「ムロ」に届ける。また、エチレンは植物の「トリガ・ホルモン」と称される追熟ホルモンであり、熱帯産果実よりもエチレン発生量の少ない国産リンゴなどを床に落としてショックを与えたり、表皮を傷つけたりすると果肉からエチレンを発生して熟成を開始する。
さらにムロ内の温度設定プログラムを始動させることによりバナナの追熟速度を調整している。このような方法で表皮の色と果肉の熟度を調整し、消費者の購買意欲を喚起させる商品に整えて市場ネットワークに配送している。さらに、近年、国内で生産されるようになっている「キウイ」などでは、エチレンを利用しない熟成温湿度プログラムが適用されている。

バナナの低温障害と健康増進食品への貢献

消費地のショーケースに展示されているバナナは、図1の「熱帯産果実の低温障害」で示すように15℃以下の温度で「低温障害」を起こすので、「品質」を維持できる温湿度環境下で保存されている。顧客は表皮に増えていく黒色斑点の密度を注視しながら果肉の「美味しさ」を予測している。さらに、これらの斑点が黒色の帯状となって果肉を包むようになると、熟成が停止して腐敗が進展し始めているので、家庭内で最も美味しく食べられるタイミングを選ぶこともできる。他方、フランスやイタリア料理のシェフは、美味しさを創る調理法(レシピ)ごとに最適な岩塩を選んで利用しているので、塩分の過剰摂取を招きやすい。バナナはミネラルとして「カリウム」(アルカリ金属、元素記号K)」などを含み、果物の中では最も減塩効果の高い食後の果物として利用されている。和食では昆布・鰹節・キノコ類などから抽出した出汁(ダシ)を「うま味」として活用し、さらに、高濃度の食塩を含む味噌・醤油・漬物などは、地方独特の伝統的塩蔵法を利用して保存されてきた。現在では、コールドチェーン・ネットワークを通じて新鮮で簡単なレシピにより高齢者に「健康増進食品」を提供し、アレルギーや高血圧症候群などを予防する役割を担っている。

自然エネルギー温室による輸出ビジネス

近年、国産青果物の海外輸出量は安定的に増加の一途をたどっているが、例えば北海道十勝地方では、クリスマス贈答品として約80℃の地下温泉水を熱源とする省エネルギー温室で「マスクメロン」などを栽培している。また、「宮崎産マンゴー」の出荷が終了する8月頃には、十勝産マンゴーの出荷が開始される。この熱帯原産果物は冬期に積雪した雪を、ブルドーザーで地下壕に配置したパイプ網周囲に投入して低熱源とし、冷房室栽培により出荷される。このようなガラス温室と称されてきた施設は、温泉と降雪を利用した自然エネルギー冷暖房による「植物工場」の機能を有していて環境省より表彰されている。

また、帯広市役所がリーダーとなっているが、十勝平野の市町村行政区分を越えて総合商社などとも連携し、生産品は中近東の「ドバイ」市場などに出荷されている。ドバイ市場のマスクメロンは1個あたり1万円以上の高価格で取引されており、これに追従してリンゴ、梨、イチゴなどもEUや地中海沿岸ベルト市場などで芸術品として評価され、近年の出荷量も着実な増加傾向を示している。十勝地域では、農食産業育成・地球温暖化対策・海外市場開発などを融合する産業連関が進展していて、都会で働いていた若者が帰郷して地元産の食原料を利用する独自のビジネスを推進している現状にある。

海外輸出ビジネスに残されている課題は、コールドチェーンで輸送される食材の品質変化をモニターして品質をコントロールする情報システムの開発と、対象国市場の実情を踏査してネットワークを社会実装するためのマネージメント・マニュアルの作成にある。例えば、グローバル・コールドチェーンの輸送トラックや船舶に、熱帯原産果実とレタスやホウレンソウなどの国産葉菜類を混載して輸送すると、エチレンガスの影響により葉菜類の鮮度が劣化する事態を招く。そこで混載を避けて鮮度保持を可能とする輸送体系の構築が肝要である。これまで述べたように、コールドチェーンに「なぜ低温が利用されているのか?」の疑問に対する答えは、人類と共に青果物も「命」を維持しながら「生きているから」である。

食品の冷却と凍結温度帯の区分

図2 冷却・凍結温度帯の区分

これまで述べた青果物を冷却する温度は、図2に示す冷却温度帯、つまり圃場熱(field heat)と称されている収穫時の品温を急速に低下させて呼吸や蒸散作用などの生理活性を低減させ、新鮮さを維持する最適な温度まで低下させる「予冷(プレクーリング;pre-cooling)(非凍結温度領域)が適用される。したがって、コールドチェーン技術の根幹は、消費者に「安全と安心を届ける」温湿度と食品との科学的エビデンスに基づく共存関係を定量的に考究することにある。また、図2に示した「いわゆるチルド」は、凍結点を含む±5℃の温度帯に設定されているが、スーパーマーケットでは冷却温度帯で鮮度保存が必要な「カット野菜」類、さらに凍結点以下の温度帯を利用する「明太子」や「干乾し魚」類などの動物性食品を含めて「チルド食品」と表示している。これらの商品は消費者の「知覚器官」のほぼ全てを局所的に集積している「口腔内小宇宙」でソフトな食感をもたらす未凍結温度帯や約-5℃までの冷気を利用して、食材内部に部分的な氷結晶を形成する「パーシャル・フリージング法」などで製造される商品である。しかし、この温度帯は青果物や食肉表皮に付着している食中毒菌の産生や増殖などの温度帯とも重なるために、短時間に洗浄・殺菌処理を可能とする新たな技術開発の進展が望まれている。

引用文献:(図2)改訂食品冷凍技術、日本冷凍空調学会、令和2(2020)年

グローバル・ネットワークを旅する凍結食品

(1) 学術用語で解説する凍結現象

一般に日本の消費者には「冷凍食品」として認識されているが、冷凍と冷暖房などの空気調和を専門とする研究者は、遠洋漁業母船に装備されているフリーザー内で、-50~-60℃の空気を吹きつけて、つまり「エアーブラスト方式」で急速凍結したマグロなどを「凍結食品」と称し、品温0℃以上で未凍結状態にある青果物を「冷却または冷蔵食品」として区別している。この連載シリーズでは、「科学的エビデンス」として世界的に認知されている学術用語を使用して、読者に正確な知識を提供する。従って、「冷凍(refrigeration)」は低温を利用する科学技術の総称であり、「冷却(cooling)・冷蔵」は図2に示した冷却温度帯、さらに「凍結(freezing)」は-18℃以下の凍結温度帯として国際的に認知され、我が国の経済産業省も実用装置や家庭用冷凍庫の規格として指定している。また、この温度帯における技術開発に関する研究や操作法に関する学術論文のタイトルや内容説明のための文章にも常用されている。

本節のタイトルに含まれる「凍結食品」の典型例を挙げれば、「ミシュランガイドの三つ星」老舗として長年に渡り最高ランキングを維持している寿司店で提供される「マグロの握り」であろう。このように凍結食品の大部分は動物性魚介類や食肉類であるが、再びマグロの凍結操作を事例として選べば、前述したエアーブラスト方式で捕獲直後に急速凍結して、肉眼では識別できないほど微細な「氷核」を筋繊維組織内に形成する。このような凍結方式とマグロを回転して均一に凍結するフリ-ザーの開発は、捕獲直後と同様の「美味しさ」と「食感」を保てる実用装置開発の成功事例である。逆に、フリーザー内空気温度を-50℃以上に設定すると比較的大きいサイズの「氷結晶」により組織が破壊され、解凍すると血液と水分で混濁したドリップが流出してプラスチック・スポンジのような食感を招くことになる。

(2) 命と食を基盤とする冷凍研究の流れ

これまで述べたように、「生命」と「食生活」は不可分の関係にあり、この関係を基盤として消費者が感じる「美味しさ」を向上させてビジネスを有利に展開するための多様な技術が開発されてきた。これらの技術開発を支えてきた肝要な要件は、先ず対象とする食品の「品温」をコントロールする最適な温湿度の管理条件を探求し、次に得られた実測結果を適用してマグロの組織に形成される「均一な品温分布」や「氷結晶サイズ」などをデータとして実証する。最終的には、現場主義の体験豊かな職人気質の着想、つまりイノベーションに基づく技術開発によるブランド商品の創出にあると言える。従って、これらの技巧はミシュランガイド三つ星のマグロ寿司職人と共通する長年の体験学習から生み出されている。

引用文献:ミシュランガイド 東京2020: ミシュランタイヤ社 (2019)

(3) 凍結・解凍と不思議な過冷却現象

図3 凍結解凍曲線と最大氷結晶生成等

通常、食材料の凍結速度を解説するために、図3に示すような「急速」および「緩慢」凍結曲線が区分して表示される。これらの両曲線がTf~-5℃の範囲に設定された「最大氷結晶生成帯」を通過する時間を比較して凍結速度の食材品質に及ぼす影響が検討される。ここにTfは図2に示した凍結点であるが、対象とする食材の特性により凍結開始温度が微妙に異なるので(Tf:Freezing Temperature)と表記している。しかし生理・医学研究のレベルでは精密なTfを測定する装置開発に成功した研究者がノーベル賞を授与されているが、工学分野の実用装置開発などではTfを-1.0℃と設定している。

このような設定法には、DNAや遺伝子レベルの研究者と新幹線車両や建物・高速道路・水力ダムなどの設計技術者との間で対象とする材料や施設のサイズや質量に関する甚大な隔たりが存在する。たとえば、食品用フリーザー開発の現場では、対象とする食材表皮と中心間の温度分布の経時変化を温度センサー、例えば「熱電対(ネツデンツイ)」と称される、温度を電圧に変換して記録する極細センサーで精度良く実測し、食材が上述した「均一な温度分布」に至る時間などを定量的に検討する。

引用文献:(図3)改訂食品冷凍技術、日本冷凍空調学会、令和2(2020)年

このような設定法には、DNAや遺伝子レベルの研究者と新幹線車両や建物・高速道路・水力ダムなどの設計技術者との間で対象とする材料や施設のサイズや質量に関する甚大な隔たりが存在する。たとえば、食品用フリーザー開発の現場では、対象とする食材表皮と中心間の温度分布の経時変化を温度センサー、例えば「熱電対(ネツデンツイ)」と称される、温度を電圧に変換して記録する極細センサーで精度良く実測し、食材が上述した「均一な温度分布」に至る時間などを定量的に検討する。

また、この図に示した緩慢凍結曲線には「過冷却」と表示されているが、食材中心温度が凍結点Tfを通過しても氷結晶が形成されない事態に遭遇する。この現象は氷結晶を形成するのに不可欠な「氷核」の形成速度が食材の種類により遅れるためと推測され、食材に含まれる水の存在状態と氷への相変換現象が関与していると推察されてきた。その背景には、冷凍分野の研究者が対象食材に触る程度の極めて微少な刺激により過冷却状態が解消され、瞬時に緩慢凍結曲線へ復帰する事実を体験して数多い疑問が報告されてきた経緯がある。しかし、現在でも理論的には不可思議な現象として解明されていない現状にある。そこで、過冷却現象を人工的に創り、その現象を解消して得られる瞬間凍結速度を利用すれば、緩慢凍結過程でも超急速凍結速度を実現出来ると考えられる。

従って、過冷却は優れた品質の凍結商品を製造してビジネスに有利な最終製品を製造できる「ビジネスモデル」、さらに対象とする新規市場に適したマネージメント法を加えてマニュアルとして整備できれば、社会実装可能な戦略的ビジネスモデルに変革されると推察される。現在、この方法を「官能評価スコア」などで経験的に評価して実用化している民間企業も存在すると想定されるが、科学的エビデンスとして過冷却現象を理論的に解説した文献は数少ない現状にある。また、凍結食材の材料内氷結晶を水分に相変換するプロセスは解凍曲線で示され(図3)、この曲線の大部分は最大氷結晶生成帯の範囲内にある。つまり固体の氷結晶を液体の水に相変換するためには「潜熱」が必要である。例えば台所で氷の入った容器をガスコンロの炎で暖めると、氷は次第に融解して液体の熱湯に相変換し、さらに熱湯は水蒸気に相変換して容器の外へ吹き出す。このように凍結した氷が水から蒸気へと相変換する過程では相変換のための「時間」も必要である。しかし解凍曲線が最大氷結晶生成帯に入出する前後の過程では、コンロで供給された全てのエネルギーが温度変化をもたらす「顕熱」として利用される。凍結食品を解凍する方法は、食材の組織内に形成されている氷結晶が筋繊維内と筋繊維間の隙間にそれぞれ形成される結合水と自由水に区分して解凍のメカニズムが研究されている。しかし実用的には凍結点近傍の流水中で解凍する方法が用いられてきた。他方、フランスでミシュランガイドの三つ星を獲得してきたシェフの説明によれば、凍結点近傍の冷却温度に設定した冷蔵庫で14時間以上かけて解凍すると「美味しい」調理済食品が得られるようである。