フード・バリュー・ネットワーク | 08

熱エネルギーは食品加工のプラットフォーム

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洗濯物の乾燥に含まれる多様な熱エネルギー

晴れた日に洗濯物をベランダに干して乾燥させる作業には、多様な熱と水分の移動現象が含まれている。この日常的な作業は太陽を熱源として、湿潤な固体材料から水分を除去する作業、つまり「天日乾燥」である。さらに水分の移動現象に着目すると、先ず太陽から「放射」される直達日射が加熱エネルギーとして洗濯物と空気を暖め、固体材料の表面に接しながら流動している暖かな空気が「対流」することにより、材料表面へ熱が供給される。また、熱エネルギーは材料表面で水分を蒸発させると共に材料内部へも移動しながら洗濯物を暖め、蒸発した水分は空気の流れによって運び去られる。そこで、材料表面で減少した水分を補うために材料中心部から表面へ向かう水分移動が生じる。この様な乾燥サイクルの速度は季節や天候の変化により変動するので、早朝の天気予報は天日乾燥のスケジュールを予測する情報として役立っている。

このように水分を含む個体に熱エネルギーを供給して水分を蒸発させながら移動させる操作には、熱移動のメカニズムに加えて、水分移動の動態を対象とする現象論が必要となる。この要望を満足させる移動現象論1)では、乾燥を「水の相変化を伴う熱と物質の同時移動現象」と要約している。

引用文献1):Transport Phenomena: R.Byron Bird, Warren E. Stewart, Edwin N. Lightfoot;John Wiley & Sons, Inc, Revised Second Edition, Copyright 2007

このように、洗濯物を乾燥させるプロセスには、熱移動メカニズムの3形態、つまり「伝導」、「対流」、「放射」が含まれている。また水分に限らず、アルコールのような有機溶媒を分離して除去する操作も乾燥操作の範疇に入るが、現象論では水分の蒸発分離と同様な取り扱いが可能であり、さらに食品を対象とする実用技術の現場では、水分を除去する操作が大部分を占めるので、本稿では食品を対象とする乾燥操作に焦点を絞って解説する。

乾燥食品製造ラインの合理化

これまで述べた洗濯物の乾燥のように、天日乾燥は材料に熱を加える方法として手軽であり、現在でも農林水産物や加工食品を取り扱う地域組織または家庭の小規模乾燥法として定着している。しかし、多様な食べ物を対象として連続工程ラインで大規模生産するようになると、つまり食品企業などがビジネスとして実施するようになると、天日などの自然乾燥に必要な所要時間や就労の変動、さらに工場の敷地や空間などが経済的に不利な要因として合理化されるようになった。食品原料は加熱・冷却・乾燥などの加工工程で編成される製造ラインに投入され、安全で経済的加工を実現するために考案されてきた技術や機械設備ラインで構成されている。

乾燥装置の設計に当たり、最初に考えなければならない要件は、材料の搬送における空気・冷温水・食用油などの熱媒体との接触方式である。また装置類は材料の形態と目的に応じてバッチ(回分)式や連続式トンネル、通気、回転、流動層、回転ドラム、噴霧および真空凍結乾燥などの方式により分類される。現在では、加熱による品質劣化が問題となるような機能性生物材料に対応して、減圧タンク内で水の蒸発温度を低下させて低温乾燥する技術や凍結した材料内の氷結晶を「昇華」させて除去する「真空凍結乾燥法」が用いられている。ただし、本稿では電子レンジのマイクロ波加熱や食卓で気軽に利用されているジュール加熱器の利用などは、これまで述べてきた移動現象論とは原理的に異なることに留意しておく必要がある。

近代化される乾燥操作

農産物や加工食品などを乾燥する本来の目的は、対象とする材料の水分を除去して貯蔵性や輸送性を高めることにあった。穀物・昆布・鰹節・ふりかけ・干魚などは、乾燥により長期保蔵を実現して、ユネスコの世界文化遺産登録に貢献した「うまみ」の「出汁(だし)」素材となっている。これらの原料の他に、ラーメン、コーヒー、スープ、スキムミルクなどは、即席化・粉末化などにより、調理法「レシピ(recipe)」の簡便性を向上させ、多忙な日常生活に欠かせない商品となっている。

これらの材料を対象とした加熱・乾燥操作の肝要な目的は、乾燥効率を高めて加工時間を短縮する技術を開発すると共に、安全性を最優先させながら「美味しさ」を向上させて消費者の購買意欲を喚起するブランド商品を創出することにある。このように、加工食品の大規模生産であっても、家庭内レシピであっても、乾燥操作による材料内の水分移動のメカニズムを統一的に説明できる理論や解析法は存在しない。しかし、現在では食糧生産から収穫後の流通処理技術、つまりポストハーベスト・テクノロジーや機器分析や市場調査で得られるビッグデータの中から、「美味しさ」を評価する官能評価スコアを絞り込んで、AI(人工知能)システムなどを開発する統計解析法などと共に、商品設計に有用なニューラル・ネットワーク(NN)研究などの研究が進展している。

調理用器具に観る伝熱の3形態2)

(1) 冷蔵庫壁の熱伝導

図1 冷蔵庫壁近傍の伝熱現象

住居内の台所に設置されている家庭用冷蔵庫の壁面近傍をモデルとして、伝熱メカニズムの概要を解説する。
図1に示ように、冷凍機を停止してドアを開放しておくと、環境の外気温度\(T_{\infty}\)と外壁温度\(T_{0}\)の間には安定した温度分布が維持される。この状態で\(T_{\infty}\)\(T_{0}\)には温度差があるので外気から外壁へ熱エネルギーが移動する。その速度は外壁の単位面積当たりに伝わる熱量、つまり「熱流束(heat flux)」であり、壁内部の温度勾配\(\varDelta T/\varDelta Χ\)に比例する。物理的には、\(q=\lambda(dT/dX)\)と表示されて「熱伝導」と定義され、「フーリエの法則」として周知されている。この式の比例定数「\(\lambda\)」は純粋物質の「物性値」として高精度を追求する測定が継続され、常に更新される「熱物性ハンドブック」などに収録されている。

冷蔵庫の扉を閉めて冷凍機を駆動するまでは、外壁と内壁の表面温度は等しく「定常状態」\((T_{0}=T_{i},0)\)が維持される。また、冷凍機の駆動と同時に庫内空気\((T_{a})\)の冷却が始まると、内壁表面温度も低下して設定温度\((T_{i},\infty)\)に到達する。この時間内に\((t=0\sim\infty)\)、壁内部では「非定常状態」で温度分布が変動し、さらに冷凍機のON-OFF動作に伴って内部壁面の表面温度は上下振幅を繰り返し、「準定常状態」となる。しかし、現在では冷凍機の高精度制御が実用化されて「定常状態」と見做せる冷蔵庫設計法が適用されている。

(2) 冷蔵庫内空間の熱伝達

冷蔵庫の扉を閉めたままで放置すると、庫内空気は浮力による「自然対流」により循環するが、この空気の流れは「層流」である。また、扉を閉めて冷凍機とファンが同時に駆動し始めると、保蔵食品の冷却効果を高める「乱流」の「強制対流」が発生する。このように空気の流れが層流から乱流へ変換する状態を評価する指数は「レイノルズ数」(無次元数)\(Re\leqq 2,000\))である。ただし、空気以外の流体の種類は豊富であり、それらの特性により分類されるので留意する必要がある。庫内壁固体表面と空気の熱伝達は\(q=h(T_{i}-T_{a})\)であり、比例定数\(h\)は「熱伝達係数または伝達率」と表示される。さらに、冷蔵庫内壁面には接触している流体の境界層が形成されるが、壁面と流体間の接触状態により「強制対流」以上の熱伝達現象が発生する。

図2 精白米調理加熱の炊飯沸騰現象

図2 精白米調理加熱の炊飯沸騰現象

(3) 調理器具の放射伝熱

図2に精白米に水を加えて大気圧下で精白米を炊飯するプロセスの温度変化を測定している事例をイメージとして示した。このイメージのように、ガスコンロ上に金属製調理鍋を設置して原料を徐々に暖めている状況を想定すると、ガスの火炎は強制対流により鍋の底面から加熱するが、火炎は伝導・対流・放射のメカニズムを提供する。また、鍋内壁底面(A)と原料中央部(B)に温度センサー「熱電対(ネツデンツイ,Thermocouple)」を設置して、壁面水膜の動態を高速度ビデオカメラで撮像すると、同時に熱電対で温度測定が可能となる。図中には壁面内部の温度上昇に対応する水膜から沸騰を経て放射へ至る伝熱の様相を可視化のメカニズムとして測定することが可能となる。

さらに、内壁面の水位が降下して容器底面のみが残ると放射伝熱機構がクリアに撮像され、精白米原料も茶褐色から黒色へ変動する。これらのレシピは我が国で「鉄人」として選出されている「匠」の技を考究する科学的エビデンスまたは美味しさを評価されている個人、つまり「巨匠の直感」を研究対象とする精神分析も進展している。

引用文献2):調理器具における伝熱の3形態、熱物性ハンドブック、日本熱物性学会編、株式会社養賢堂、(1990)