低温環境の利用技術 | 14
氷蓄熱の基礎とその利用技術
2023年2月16日
写真1は、外管を冷媒により冷却した二重管式熱交換器内部円管に水または水溶液を流動させて、過冷却状態を形成後、同熱交換器外部において成長する氷結晶の状態を示したものです。
左写真(a)は、二重管式熱交換器内管に水を流動させて、氷蓄熱槽内に設置した金網に衝突させた場合の氷結晶の成長を示したものです。氷結晶は左上から流下する過冷却水に向かって成長する氷柱が重力に逆らって成長します(逆つらら現象)。この場合の過冷却度(水の凍結温度(0℃)-過冷却水温度)
右写真(b)は、多糖類であるキサンタンガムを数%混合した水溶液を同熱交換器内部円管に流動させて、外部で過冷却水溶液から氷結晶を生成させた場合の氷結晶の状態を示したものです。この場合には、シャーベット状の柔らかい流動性に富む氷結晶構造となります。
シャーベット状の氷結晶スラリーの利用は、後述の(3)氷水スラリーの管内搬送において説明します。
第14回の連載講座は、第13回連載講座で述べた氷の有する潜熱特性などを利用した氷蓄熱技術について解説します。さらに、氷水スラリー*1を利用した管内冷熱輸送に関する特徴を説明します。
*1:液体中に固体粒子が懸濁している流動体
(1)氷蓄熱の基礎
(a)氷の融解潜熱量について
氷蓄熱システムは、欧米において短時間に冷房負担の集中する建物・設備(教会、乳製品工場等)における空調設備の小型化を主な目的として利用された経緯があります。我が国においては、1980年代後半から原子力発電の電力需給平準化に伴う割安な夜間電力の有効利用そして地価高騰に伴う土地・建築空間の有効利用などを背景として、空調・建築産業分野において氷蓄熱への需要が大幅に増加しました。その背景には、図1に示すように冷房負荷は昼間に集中することから、昼間の電力使用量の大幅な増加となり、1日の電力需給にアンバランスを生じます。電力需給平準化の立場より、夜間電力を利用する冷熱源分散(夜間へのシフト)施策が夜間氷蓄熱運転用電力料金の大幅な割引制度となり、氷蓄熱システムの普及に弾みをつけるようになりました。このような氷蓄熱設備の需要増加により、我が国において、大型建築物(ビルなど)への中央集中型(セントラル型)氷蓄熱システムとエアコンに併設した個別分散型氷蓄熱システムの合計設置件数が2000年度に約1万件に達しましたが、原子力発電量の減少とともに、その設置件数は減少傾向にあります。今後、原子力発電や電力供給が不安定な再生可能エネルギーの増強政策のもとで、電力需給平準化に寄与する氷蓄熱システムの新たな展開が望まれています1)。
図1 夜間氷蓄熱運転と昼間冷房負荷の関係
(b)氷蓄熱の特徴
冷水(顕熱)蓄熱に対して氷(潜熱)蓄熱の特色を列記すると、次のようになります。
- 1. 氷蓄熱は、氷の融解潜熱(334kJ/kg)を利用することにより、小さな蓄熱槽容積で、大きな蓄熱量が可能となります。図2は、冷水蓄熱に対する氷蓄熱による蓄熱槽の縮小割合を、氷充塡率(IPF: ice packing factor)との関係で示したものです。小さな氷充塡領域では、氷充塡率の増大とともに蓄熱槽縮小割合は大きく、IPF=60%以上の氷充塡率では、蓄熱槽縮小割合もそれほど低下しないことが理解できます。したがって、冷熱の熱交換効率を考慮した上で、氷充塡率を大きくできる製氷技術の開発が重要となります。
- 2. 氷蓄熱は、蓄熱槽を小型化できることにより、蓄熱槽の放熱面積が減少する結果、蓄熱槽からの熱損失が軽減されます。また、主に氷の融解熱(一定温度)を利用するために、取り出し冷水温度の低下そして安定化が可能となり、大きな温度差熱交換に伴う熱交換器伝熱面積および搬送動力の軽減を図ることができます。
- 3. 氷蓄熱システムの熱源を図1で示したように、夜間電力を利用した冷凍機に分散することにより、水蓄熱に比較して冷凍設備の小型化そして夜間の低い外気温度環境および定常負荷での高効率運転が可能となり、省エネルギー効果を生むことになります。設備の小型化による契約基本電気料金および割安な夜間従量料金の利用により、氷蓄熱システムの償却期間の短縮が図られることになります。
- 4. 氷蓄熱システムにおいては、製氷状態で冷媒の蒸発温度として-5~-7℃が必要となり、冷水蓄熱の0~2℃に比較して冷凍機の成績係数の低下(冷水蓄熱に比較して2~3割の低下)が避けられないことになります。しかし、夜間の氷蓄熱システムでは、冷媒の凝縮温度の低下による成績係数の向上、機器の小型化による諸動力の軽減そして昼間運転時は蒸発温度の高い冷水運転を併用することにより、総合的な成績係数の落ち込みを少なくすることが可能です。また、氷蓄熱システムの効率的運転には、製氷方法も重要な要素となります。
図2 氷充塡率(IPF)と氷と水の蓄熱槽容積比の関係
(c)氷蓄熱空調システム
氷蓄熱空調システムは、蓄熱槽内で氷を製造し、生成した氷を融解して冷水の製造またはエアコン冷媒を冷却すること(過冷却度の増加)により、冷房空調などを行います。氷蓄熱空調システムは、大別すると中央集中型(セントラル型)と個別分散型があります。
・中央集中(セントラル)型氷蓄熱空調システム
- 1. 氷蓄槽内に熱交換コイルを設置し、冷凍機で冷却したブラインをコイル内に循環して、コイルの周りに氷を成長させる方式(スタティック型);
この方式は、冷房時には氷蓄熱槽内の熱交換コイルに温かいブラインを通して熱交換器外部に生成した氷を融解し、それで冷えたブラインを更に水と熱交換して冷水を生成する内融式と、水槽内の水を循環して外からコイルの氷を融解して冷水を生成する外融式があります。 - 2. 冷凍機による冷熱でシャーベット状または板状の氷を作り水槽に蓄える方式(ダイナミック型);
この方式は、水槽内にあるシャーベット状氷などに外部から温水により熱交換に伴って冷水を生成し冷房に利用します。 - 3. 氷カプセル方式;
この方式は、球状や円筒状カプセルに水や水溶液を封じ込め、カプセル外から水や水溶液を凍らせて氷を生成します。冷熱の取り出しは、カプセル周囲に温水を流して熱交換後の冷水を冷房に利用します。なお、氷蓄熱の製氷方式の詳細は、後述の表1に掲載しています。
・個別分散型氷蓄熱空調システム
個別分散型は、パッケージエアコンやビル用マルチエアコンに応用したもので、室外機(冷凍機の凝縮器)の隣に氷蓄熱槽を設け、その槽内に冷凍機冷媒回路の一部に熱交換コイルを設置しています。夜間に同コイル内に膨張弁により減圧した冷媒を通し、コイル周囲に氷層を形成して、氷蓄熱を行います。昼間の冷房需要時には、冷凍機からの冷媒を氷蓄熱状態にあるコイル内に流して氷の融解熱で冷媒の過冷却度を大きくして、冷却能力の増加や冷凍機の成績係数を大きくすることにより省エネルギーを図ります。
(2)製氷方式について
氷蓄熱技術は、まず氷の製造法が主体となり、表1に示すように冷却管内外に氷を張らせるスタティック製氷方式から流動性のあるスラリー状氷を形成するダイナミック製氷方式にわたる様々な方式があります2)3)。
表1 製氷方式の分類
スタティック製氷方式(静的製氷法) | ||
---|---|---|
円管外製氷 (アイスオンコイル) | 製氷形式 | アイスバンク(冷却円管群)式、レブロード式、 水滴下による冷却管への氷層形成、ヒートパイプ式 |
冷却方法 | 冷媒直膨式、ブライン循環式 | |
円管内製氷 (アイスインチューブ) | 製氷形式 | 管内水凍結、管内水溶液凍結 |
冷却方法 | 冷媒直膨式、ブライン循環式 | |
カプセル製氷式 | カプセル形状 | 球状、円筒状、平板状 |
冷却方法 | ブライン循環式 | |
ダイナミック製氷方法(動的製氷法) | ||
間接熱交換法 | ||
ハーベスト製氷 | 氷形成法 (水、水溶液流下) | 円筒内表面、円筒外表面、垂直プレート表面 |
氷除去法 | 機械的氷剝離、熱的融解氷剝離 | |
冷却方法 | 冷媒直膨式、ブライン循環式 | |
リキッドアイス製氷 (液状水) | 氷形成法 | 水溶液の薄膜流下 冷媒蒸発器内水溶液の回転流動 水溶液の管内強制流動 |
冷却方法 | 冷媒直膨式、ブライン循環式 | |
過冷却製氷 | 過冷却形成法 | 流動過冷却水及び水溶液の円管外製氷 流動水及び水溶液のプレート熱交換器製氷 |
冷却方法 | 冷媒直膨式、ブライン循環式 | |
直接熱交換法 | ||
フラジルアイス製氷 (微細氷片) | 氷形成法 | 低沸点冷媒の水中蒸発による潜熱利用 低温高密度非水溶性液の水層への噴射による顕熱利用 低温低密度非水溶性液(油)の水層への噴射による顕熱利用 |
その他の製氷法 | ||
ポリマー氷 | 製氷形式 | 真空状態下での水蒸発潜熱による高分子水溶液からの製氷 |
冷却方法 | 水の直接蒸発冷却 | |
クラスレート | 製氷形式 | 水にフロンなどを混合冷却により、形成された包接型化合物の分解熱利用 |
冷却方法 | 冷媒蒸発による直接法、ブラインによる間接法 | |
微細乾燥片状氷 | 氷形成法 | 自然冷媒の蒸気と噴霧水の直接接触による片状氷の形成 空気の断熱膨張による低温空気と噴霧水の直接接触による片状氷の形成 |
(a)スタティック製氷方式
冷却円管外表面に氷層を形成するオーソドックスなスタティック製氷方式が製氷構造の簡単さなどから普及しています。この方式の欠点は、伝熱面に形成された氷層厚さが時間とともに増大し、熱抵抗の増加となることです。図3に示すように、氷厚さの増加すなわち氷充塡率IPF(蓄熱槽内氷体積割合)の増加とともに冷凍機の成績係数(COP)が時間経過とともに減少することになります(ランニングコストの増加)。また、多管冷却式製氷による氷層同士の結合(ブリッジング)による製氷割合の減少を回避するために、大口径冷却管(冷却面積の増加)そして管間隔を大きくした円管外製氷が実施されています。さらに、冷却円管に形成された氷層を機械的に掻き取りまたは剥離分離することにより、熱抵抗を軽減する方法などの検討が行われています。
図3 冷却円管外製氷における氷充塡率(IPF)と冷凍機成績係数(COP)の経時変化
(b)ダイナミック製氷方式
上述したスタティック製氷方式の欠点を補いさらに氷スラリーの管内輸送を目的として、製氷機構的に多少の複雑を伴うダイナミック製氷方式が、開発されています。
以下に、代表的なダイナミック製氷方式の概要について解説します。
1. リキッドアイス製氷:水溶液の薄膜流下方式
この方式は、図4に示すように、管外冷媒の直膨による蒸発熱(吸熱作用)により、管内を薄膜流下するエチレングリコール等の氷結緩和剤添加水溶液が冷却され、その流下速度の関係で水溶液は、冷却面上に凍結することなく、微細な氷片(30~50µm)を形成しながら管下部へ流出します。氷層による閉塞を防止するために、流れの淀む領域を形成させないこと、伝熱面を滑らかな鏡面仕上げとすることなどの工夫が必要となります。
図4 水溶液の薄膜流下方式
2. リキッドアイス製氷:水溶液の回転流動方式
水溶液を利用した回転方式は、図5に示すように、冷媒蒸発ジャケットを有するシリンダ内の水またはエチレングリコール水溶液を高速で旋回させるもので、遠心力により外周ほど高速かつ高圧の流動状態となります。高速流動による高い熱伝達により、冷却水(水溶液)は過冷却状態となり、シリンダ中心部へ流れが向かうに従って昇圧され、微細な氷片(50~100µm)が生成されます。この生成したシャーベット状の氷水は、別に設けた貯氷槽に搬送され、大きな伝熱面積をもつ微細氷層と温熱媒体の良好な直接熱交換を行うことができ、負荷追従性の良いものとなります。氷充塡率も50%前後と高く、氷粒子結合防止のため、特別な添加剤(油系)が加えられる場合や、生成氷片の分離のための回転翼をシリンダ内に設ける場合もあります。
図5 水溶液の回転流動方式
(c)過冷却製氷:流動過冷却水や水溶液の円管外製氷
この方式は、図6に示すように、円管内流動水や水溶液を冷媒の循環する外部より冷却し、冷却水や水溶液を冷却面で凍結させずに過冷却水(凝固点以下)の状態で外部に流出させて、外部で機械的刺激等により過冷却状態を解放し、微細な氷結晶を連続的に得るものです。
円管内冷却面で氷を形成させないことより、熱伝達効率は非常に良いが、流動水の大きな過冷却度そして過冷却状態の安定な維持が、本製氷システムの大きな開発課題となっています。なお、過冷却水により生成されたシャーベット状氷は、前述の写真1を参照ください。
図6 流動過冷却水及び水溶液の円管外製氷
過冷却水による製氷効率\(I\)(%)は、単位時間当たりに測定された平均氷質量\(W\)(kg/min)と過冷却水量\(Q_s\)(kg/min)の関係で、次のように表されます。
\(I=W/Q_s \times 100\)(%)
また、過冷却水の顕熱量と氷相変化に伴う潜熱量\(L\)(=334kJ/kg)の関係で定義される理論製氷効率\(\eta_{th}\)(%)は、次のように表されます。
\(\eta_{th}=\varDelta T_s C_p / L \times 100\)(%)
ここで、\(\varDelta T_s\):過冷却度(凍結温度-過冷却温度)(K)、\(C_p\):水の比熱(kJ/(kg・K))、\(L\):水の凍結潜熱(kJ/kg)
図7は、製氷量より求められた実測製氷効率と\(\varDelta T_s\)の関係を示したもので、図7中の実線は上式に基づいて求められる理論製氷効率です。\(\varDelta T_s\)の増大とともに、\(\eta_{th}\)の単調な増加がみられます。図7より実測値は、理論製氷効率\(\eta_{th}\)、とよく一致することが理解できます。予想されるように、過冷却度の増加が製氷効率の増大となり、過冷却度がわかれば製氷効率を上式より算出し、製氷量を求めることが可能となります。
図7 過冷却水による製氷効率\(\eta_{th}\)と過冷却度\(\varDelta T_s\)の関係
(d)低沸点冷媒水中蒸発製氷
図8に示すように、フロンなどの低沸点冷媒をエチレングリコール等の氷結合緩和剤添加の水中へ直接吹き込み、冷媒の蒸発熱で微細なシャーベット状の氷結晶を生成させるもので、直接接触熱交換のため冷凍機成績係数を高くとることができます。さらに、蓄熱槽内の氷充塡率を増加しても、成績係数の低下幅は小さいという特色を有します。また、冷媒の容積流量が大きくできるターボ型圧縮機を液冷媒の生成に採用しています。
図8 低沸点冷媒水中蒸発による製氷法
(e)低沸点自然冷媒と冷水との混合蒸発製氷
環境負荷低減を目的として、図9に示すように自然冷媒である液状ペンタンと空調用熱交換器からの戻り温水との混合液をスプレーノズルからの噴射による減圧過程で液状ペンタンが蒸発します。その蒸発潜熱により、温水の一部は微細なスラリー状氷となります。スラリー状氷は蓄熱槽内で融解して冷水を製造することになります。氷蓄熱槽内で発生したペンタン蒸気は圧縮機で再び液化されて利用されます。
図9 低沸点自然冷媒と水との混合蒸発製氷
(f)低温液冷媒顕熱交換製氷
図10に示すように、-15℃程度に冷却された有機フッ素化合物(高密度低凝固点)等などを蓄熱水槽中にノズルから液滴状に噴射し、液滴表面に形成された薄い氷片を攪拌分離することにより、微細なリキッドアイスの製造が可能となります。密度の大きな有機フッ素化合物は、氷蓄熱槽下部から回収されて、冷凍機により再び冷却されてノズルから噴射されます。
図10 低温液冷媒顕熱交換製氷
(3)氷水スラリー(ダイナミックアイス)の管内搬送
ダイナミック製氷法で生成した氷水(または水溶液)スラリーは、搬送性に富むもので、氷の潜熱分を輸送できるために、配管寸法の縮小や冷熱輸送設備・施行費用の低減そして輸送動力の軽減等の経済的長所があります。スタティック型製氷に代わる新たな氷蓄熱システムの展開が可能となります。しかしながら、水より軽い氷粒子群を効率良く配管内で搬送するには、氷粒子の焼結*2結合や凝集作用から生成した氷塊による管閉塞や氷粒子の管内での浮上停留に伴う輸送効率の低減など、技術的課題が多くあります。ここでは、氷粒子の水(または水溶液)の管内搬送の特徴を概説します4)5)。
*2:氷粒子同士が接触することにより、表面拡散などで互いの氷粒子が結合して氷塊として成長する現象です。焼結現象の詳細な説明は、サイエンスコラム第7回凍結濃縮の基礎とその利用技術の図8の説明をご覧ください。
(a)氷水スラリーの円管内流れ状態と圧力損失
氷粒子直径1mm以下の微細氷(氷水スラリー)に関して、氷充塡率(IPF)20%以下の領域における管内流動様式と圧力損失の傾向は、図11に示されるように分類できます。
1. 氷の停留を伴う浮遊流れ:管内流速0.5m/s以下では、浮力により一部の氷粒子が管上部に停留し、停留した氷粒子群下部の冷水のみが流動する、二層流れとなります。管頂部に停留する氷粒子群と下部の分散した氷粒子が摺動しながら流動するために、その流動圧力損失は水のみの場合よりも大きくなります。さらに、管内流速の増大とともにその圧力損失は、氷粒子群の分散による摺動界面の減少のために徐々に減少する傾向となります。
2. 氷粒子の浮遊流れ:管内流速が0.5m/s以上に増大すると停留する氷粒子群から剝離流動する氷粒子群の管下部水流層へと拡散がみられ、圧力損失も図11にみられるような限界流速で極小値を示した後、再び流速の増大に伴い圧力損失も増加します。
3. 氷粒子の拡散剝離流れ:管内流速が1m/s以上にとなると、剝離した氷粒子は管全体に広がります。この場合は、まだ管上部の氷粒子密度は比較的大きいが、上部に停留する氷粒子は徐々にみられなくなります。流動圧力損失は、流速の増大とともに増大し、徐々に水のみの圧力損失に漸近します。
4. 氷粒子の均質流れ:管内流速がほぼ1m/sを越えるようになると、氷粒子が管内にほぼ一様に分散した均質流れとなります。この流動様式の圧力損失は、水の場合と類似のものとなります。また、図11の高いIPF(氷充塡率)で高速流れの場合に氷水スラリーの圧力損失が、水のみの値より低下する場合があります。この現象は、IPFの増大による氷粒子の管中央への集合に伴うプラグ流と管壁の水膜流による二層流の形成が、流動抵抗の減少をもたらします。さらに、乱流領域に混在する氷粒子群が、乱流渦の抑制による流動抵抗減少効果(トムズ効果)なども相乗して、管内流動抵抗の減少となります。
一方、IPF=20%以上の大きな氷充塡率の場合には、氷粒子同士が接近し、水流と氷粒子との相対速度の減少および氷粒子相互の衝突頻度の増大に伴う氷粒子間の焼結による氷柱(氷プラグ)の生成(写真2、管内より取り出した氷プラグ)に伴う管中央での一様速度領域そして管壁近傍の水膜流れ領域の形成を生み、複雑な氷水スラリー流れ状態となります。
図11 氷水スラリー管内流動速度と圧力損失の関係
写真2 管内で発生した氷プラグを取り出した状態
(b)氷塊による管閉塞現象
氷粒子結合による管閉塞現象は、氷水スラリーの管内搬送に関しての最大の課題です。
一般的に、氷水スラリー中の氷粒子は、様々な粒径分布を持つもので、小さな粒径の氷粒子は融点降下のために融解し、その融解冷熱により大きな氷は肥大化する傾向にあります。さらに、氷の停留部での脱水作用や氷同士の焼結現象により氷塊生成となり、管流路を縮小させ、結果として管内流動抵抗の増大となり、管閉塞となります。さらに、管曲り部、分岐部やバルブ部などの流れの淀む部分や流路面積の変化する部分に、氷塊による管閉塞を起こし易くなります。氷塊による管閉塞防止には、管径の増大、管曲り曲率の増大や可撓管(かとうかん)の利用、流量変動防止のための定流量ポンプの利用、氷の停留防止そして高い管内流速による氷水スラリーの均質流れの確保などがあります。積極的な管閉塞防止法には、次に述べます界面活性剤や不凍蛋白質を氷水スラリーに添加し、氷表面をそれらが膜状に覆うことにより、氷同士を分離し、その焼結防止を図る方法が提案されています。
(c)界面活性剤添加におる氷水スラリーの焼結防止
氷水スラリーを生成・輸送・貯蔵する際に水又は水溶液に合成系界面活性剤やバイオサーファクタント*3を添加することにより、氷結晶の粒子径の制御や氷粒子の凝結・凝集を防ぐことができます。合成系界面活性剤としてイオン性界面活性剤であるソルボンT-81などがあります。図12に示すように、大きな結合分子を有するソルボンT-81の分子式は、C68H124O20で表されで表され、親水基と疎水基を立体的に配置する構造を有しています。親水基が水層側そして疑似液体層を介して疎水基が氷層側へ配向して、氷結晶同士が結合し肥大化すること(焼結現象)を防止します。
氷水スラリーの焼結・凝集防止効果の例として、ソルボンT-81を用いた場合の実験結果を図13に示します。ソルボンT-81の濃度が50mg/ℓでは氷充塡率(IPF)が約28%、さらに濃度が500mg/ℓから5000mg/ℓまでは氷のIPFが約35%まで氷水スラリーの凝集は観察されずに、流動性が確保できる結果を得ています。
*3:微生物が産生する界面活性剤
図12 ソルボンT-81化学式と焼結防止機構
図13 合成界面活性剤ソルボンT-81による氷結晶の焼結防止効果
(d)異なる粒径の氷粒子の混合効果
大きな氷粒子と小さな氷粒子を分散した混合氷スラリーにおいては、図14の上部に示すように大きな氷粒子は管中央に集まり、そして小さな氷粒子は管壁に近傍に分級します。いわゆるSorting効果が現れます。管内の流動抵抗は管壁の小さな氷粒子の流動挙動に支配されます。同じ流動抵抗の場合には、大小の氷粒子の混合の方が氷の充塡割合(IPF、ice packing factor)が大きくなり、多くの氷を輸送することができることになります。図14は、大小の氷粒子を混合した場合で、Sorting現象により大きな氷粒子割合を増大するに従って圧力損失の減少となり、極小値を示した後、さらに大きな氷粒子の増加と共に再び圧力損失の増大となります。このような現象より管内流動抵抗を同じとすると逆に圧力損失の最小値を示す氷粒子混合割合において、極大の氷搬送量が可能となります。
図14 粒子系の異なる氷粒子を混合した場合の管内圧力損失
(e)氷水溶液スラリー氷搬送を伴う氷蓄熱空調システムの例
氷水溶液スラリー氷を冷凍機で製造後、配管搬送して低温物流倉庫の冷凍室空調に利用した例を図15に示します。まず、搬送性に富むスラリー状氷は、冷凍機冷媒により冷却した円筒内面にプロピレングリコール水溶液から生成した氷層を、掻き取り装置により微細な氷片と水溶液を混合することにより製造します。その後、生成したスラリー状氷を貯氷タンクに貯蔵します。同タンク内のスラリー状氷片の焼結分離を避けるために、撹拌機を利用して分散させる工夫が必要です。冷熱需要に応じて、スラリーポンプにより貯氷タンクから低温冷凍室内のフィンチューブ型熱交換器のチューブ内へスラリー状氷を搬送します。
フィンチューブ型熱交換器のチューブ内ではスラリー状氷の融解により、高い熱伝達率で低温冷凍庫内の空気を冷却します6)。
図15 スラリー状氷を利用した低温倉庫の空調システム
参考文献
- 1)稲葉英男、福迫尚一郎:低温環境下の伝熱現象とその応用、養賢堂(1996)、頁400
- 2)稲葉英男:氷蓄熱の伝熱・流動現象についての総論、冷凍、第73巻第844号(1998)、頁2
- 3)稲葉英男:氷蓄熱システムとその新展開、冷凍、第71巻830号(1996)、頁10
- 4)稲葉英男:冷熱輸送の現状と将来展望、化学工学、第61巻第11号(1997)、頁41
- 5)稲葉英男:機能性二次冷媒の動向と展望、冷凍、第80巻第928号(2005)、頁3
- 6)(株)前川製作所:低温倉庫の氷スラリーを利用した低温室冷房システム、カタログ