低温環境の利用技術 | 12
氷の力学的性質とその利用技術
2021年11月25日
写真1 氷上軌道上の列車
写真1は、1941年2月に満州(現中国東北地方)において第二松花江の凍結河川上で行われた氷上軌道列車の試験運転の状況を示したものです1)。重さ数百トンもある蒸気機関駆動列車(貨車20両)が、全長437mの軌道を時速20キロメートルで走行したと報告されています。その試験過程で、結氷・融解の統計的データを収集し、氷の破壊強度や破壊靭性などの力学的性質の解明より、氷上軌道列車の安全な走行が確認されたとのことです。
結氷を伴う寒冷地域の湖や海において、氷上を輸送機関などが利用する交通システムの開発が鋭意行われています。
第12回の連載講座は、様々な氷の強度や靭性などの基本的性質について解説し、さらに土木・建築分野などで、これら氷の性質を活用した様々な技術について紹介します。
(1)氷の力学的性質
氷(単結晶氷や多結晶氷)はガラスや陶器などと同様に、強度が低くそして靭性が弱く脆い物質と言われています。氷を建築・土木などの分野で利用する場合は、氷の破壊強度や破壊靭性などが問題となります。以下に、氷の破壊強度および破壊靭性について説明します。
(a)氷の破壊強度
氷の破壊強度は、氷の大きさや純度、単結晶氷や多結晶氷、温度条件そして破壊形態が圧縮か引張りかによって違います。氷に圧力を加えるとまず弾性変形し、最大応力に達したのちに塑性変形が現れて破壊されることとなります。氷の圧縮や引張りによる破壊強度は温度依存性が高く、低温となるほど破壊強度(応力)は大きくなります。
比較的透明な氷を得やすい湖水氷を角柱(厚さ50cm)状に切りだして、図1に示すようにc軸*1に平行に低速度で圧縮圧力を加えた場合とc軸に直角に圧縮圧力を加えた場合の破壊強度と温度の関係を示したものが図2です2)。このように圧縮破壊の場合は、0℃近くで破壊強度は大きく変化します。温度-10℃の破壊強度は、0℃の2倍の値となります。また、c軸に平行に圧縮応力を加えた場合の方がc軸に直角に圧縮応力を加えた場合よりも破壊強度は大きくなります。
*1:氷結晶の結晶軸方向は、本連載講座(2)の図4をご覧ください。
なお、圧縮圧力の印加速度も破壊強度に影響します。すなわち、歪速度に関連して破壊強度が変化することになります。
市販透明氷から切り出した角柱をc軸に直角方向に圧縮応力を印加した場合の圧縮破壊応力を温度の関係を示したものが図3です3)。歪速度を低速から大きくするに伴い圧縮破壊応力が増加する傾向にあります。歪速度が10-5(s-1)程度になると、その増加傾向は減少し、延性破壊(弾性変形を経て塑性変形したのちに破壊する)領域となります。さらに、歪速度を増加すると圧縮破壊応力の増加が見られなくなる脆性破壊(塑性変形を伴わず破壊する)領域となります。
図3 多結晶氷の圧縮破壊応力と歪速度
図4は、市販透明氷の破壊応力と温度の関係を示したものです2)。市販の氷で得られた結果は、図2で示した湖水氷の破壊応力(強度)の温度依存性とほぼ同じです。図5は、市販透明氷のc軸に直角方向に引張り応力を印加した場合の破壊強度と温度の関係を示したものです。図4に示す圧縮応力の印加に比べて、引張り応力の場合は破壊応力が小さく、温度-40℃以上では、その温度依存性も小さいことになります。
(b)氷の破壊靭性強度
一般に、通常の氷は金属などと比べると氷結晶欠陥や傷などの存在により、脆くそして靭性(粘り強さ)が低い物質です。氷板などを土木・建築材料として用いる場合は、図6に示すように、氷板(支点間距離 ℓ × 厚さh × 奥行 b)上に荷重Wを印加することで、曲げ強度(応力)σhを求めて、氷板の靭性値KIを求める必要があります。この靭性値は、歪条件下での応力拡大係数ともいわれます4)。
曲げ強度は、σh = (M/I)× h/2 = (W ℓ/4)/(bh3/12)×(h/2)となります。ここで、M:質量、W:荷重(N、ニュートン)、I:断面二次モーメント*2、b:氷板の奥行長さ、h:氷板の厚さ、ℓ:支点間の距離となります。
*2:曲げモーメント(物体を曲げる方向に作用するモーメント)に対するはり部材の変形のしにくさを表した量であり、物体の断面を変えると、断面二次モーメントの値も変化するので、構造物の耐久性を向上させる上で、設計上の指標として用いられています。
一方、図6に示すように氷底面の奥行方向に長さ2aの切り欠きを設けた場合の氷板の靭性値は、KI = σh (πa)1/2となり、切り欠き部には引張り応力が働きます。
破壊靭性値KIC = σhm (πa)1/2となります。σhmは最大曲げ強度です。靭性値KIが破壊靭性値KICを超えると、氷板の靭性破壊が起こることになります。
図7は、氷板における靭性値KIの時間に対する変化率(KI/s)と破壊靭性値KICの関係を示したものです。氷板試料の寸法や曲げ応力の位置などは図6示されています。試験の環境温度は-20℃そして透明氷の結晶粒形は5~10mmとしています。
図7に示すように、靭性値KIの時間に対する変化率(KI/s)の増加とともに破壊靭性値KICは単調に減少する傾向にあることが分かります。なお、実験結果から得られた破線で示す限界靭性値曲線以上の靭性値で、氷板が破壊することになります。
砕氷船による海氷の破壊や海底ボーリング用プラットフォームとしての人工海氷床の建設などでは、海氷板の靭性破壊が問題になります。海氷においては、溶媒としての水と溶質としてのNaClなどが混合したブライン(塩水)の凍結となり、生成した氷結晶も複雑な構造となります。
実際の海氷層(3m厚さ)の上部そして下部を厚さh=10cm×奥行b=1cm×支点間距離ℓ=4cmの角柱状に切り出し、限界靭性実験の試料とします。海氷層上部の氷結晶は図8中の写真に示すように、細かな氷結晶が観察され、海氷層下部の氷結晶は比較的大きな結晶となっています4)。図7に示すように、靭性値KIの時間に対する変化率(KI/s)の増加とともに破壊靭性値KICはほぼ一定の値を示し、さらに同変化率の増加とともに破壊靭性値は単調に減少する傾向にあることが分かります。破壊靭性値が一定の領域では、海氷板への荷重を減ずるか取り除くことで海氷板は元に戻り破壊は起こらない、弾性域での靭性特性となります。さらに、海氷層下部の破壊靭性値は、上部の破壊靭性値よりも大きくなる傾向にあります。これは、海氷層の氷結晶の構造などに起因するものと思われます。
図8 海氷板の靭性値KIの時間に対する変化率と破壊靭性値KICの関係
(2)氷の力学的性質を利用した技術
氷の力学的性質で解説しましたように、氷板の強度は比較的大きなことから建築や土木分野において、氷を材料として寒冷地では利用されてきました。例えば、河川や湖が冬期に凍結してできた厚い氷層を自動車などの交通インフラとして利用することで、夏に比べで冬の方が交通網の拡大となります。また、極地における海底油田の掘削リグを海氷上に設置して、建設経費の削減を試みた例もあります。さらに、氷の強度向上に繊維質の材料を混合したパイクリートと呼ばれる複合材料も出現しています。以下にこれら氷の強度を材料として利用した技術を紹介します。
(a)石油探索のための人工海氷床
特に北極圏などの寒冷地域における石油などの海底資源探索のための海底ボーリング用プラットフォームに海氷を利用した人工海氷床(アイス・アイランド)技術があります。水深が深い地域では、人工的な構造異物を海底から建設するには、技術的にも建設費用の点でも実際的ではないようです。多少不鮮明ですが写真2は、カナダ北極群島近郊に建設された人工海氷床を利用した海底石油探索用掘削リグの全景であり、図9は人工海氷床の断面図を示したものです5)。
掘削リグは、数百トンの重さがあるために、2~3m厚さの自然海氷では耐えられないために、海氷上に水を散布して凍らせ、氷厚さを5m程度することで、人工海氷床の強度を上げる工夫がなされています。この人工海氷床による掘削用プラットフォームは、海氷そのものをプラットフォームとするために、他の鉄骨などのプラットフォーム建設に比較して、大幅な建設費の削減が可能です。
現在まで、数十もの人工海氷床を利用した海底資源探索用プラットフォームが建設されています。
(b)アイスロード
アイスロード(ice road)は、寒冷地にある河川、湖や海が凍結してできた氷層の強度を利用する冬季限定の道路です。アイスロードは、樹木や岩などの障害物のない平坦でスムーズな走行を可能とします。冬季には陸地より走行が容易とはいえ、氷上の道路の利用にはかなりの危険を伴います。トラックの重みで、氷が変形して凍結面下に発生した波が氷の損傷を起こしたりするので、自動車の重量制限、速度制限、車両間の距離、停車禁止などの制限が氷の状態に応じてなされています。北欧、ロシアや北米などの多くの地域でアイスロードが建設されています。写真3は、ロシア東シベリアのサハ共和国の河川に建設されたアイスロード入口の状態を示したものです6)。この地域は、冬季には-50℃まで気温が下がり、河川氷の厚さは1m以上にもなり、トラックを支えるのに十分な支持力を持っているとされています。
図10は、氷の破壊強度と氷厚さなどの関係からトラックの積載可能荷重及びアイスロード使用可能日数と気温上昇の関係をしています。例えば、20トンの車両の場合、過去14年間の平均気温から6℃の上昇があると、使用可能期間は、220日から188日と約1ケ月間短くなると報告されています6)。
写真4は、カナダ北部のイヌヴィックとトゥクトヤクトゥク間180㎞を結ぶアイスロードのトラックや自家用車の走行風景を示したものです6)。
写真4 カナダ北部のアイスロードにおける車両の走行風景
アイスロードと類似したものとして、南極の飛行場のように、ブルーアイス(積雪のない)の滑走路や湖沼を利用した氷上滑走路があります。写真5はカナダのドリス湖の氷上の滑走路を示しています。
写真5 カナダのドリス湖 氷上の滑走路
(c)パイクリート
上述したように、氷は他の材料に比較して強度は小さくそして脆い材料です。この氷の強度を上げるには、氷よりも強度の大きな材料を混合することで、強度の増加や脆性を克服できる複合材料とする必要があります。
水に十数%のおがくずや紙などを混ぜて凍結することで強度を上げた複合材料を考案したイギリス人の発明家ジェフリー・パイク(Geoffrey Pyke)の名前をとってパイクリートと呼んでいます。パイクリートに銃弾を撃ち込むとパイクリートは破壊されずに銃弾は食い込んで止まると報告されています。第二次大戦中にはイギリスで氷山空母計画にパイクリートの利用が提案されたとのことです。米国では2014年に新聞紙をパイクリートの原料としてボートを製作し、湾内の航行を行う実験が行われたそうです。
では、パイクリートはどの程度の強度があるのでしょうか?
図11は、パイクリートの強化材料としてパルプ繊維を用いた場合の圧縮強度と歪の関係を示したものです7)。圧縮荷重をパイクリート試料に加えるとまず弾性変形を示し、最大応力の後、塑性変形を示したのちに、破断する様子が理解できます。写真6は、パイクリートの破断状態を示したもので、荷重印加方向に対して45度方向に亀裂が見られます。また、図11から最大圧縮強度は、クロスヘッド速度*3の増加と共に増加する傾向にあります。図2で示した氷板の破壊強度よりもパイクリートの破壊強度はかなり大きくなり、複合材料としての機能を発揮しています。
*3:クロスヘッドは、引張りや圧縮試験部の支柱間にまたがり、試験片に負荷や変位を与える部品であり、このクロスヘッドをモーターでクロスヘッド両側にある送りねじを回転することで上下し、試験片は一定の速度で引張りまたは圧縮されます。このクロスヘッドの変位速度(㎝/min)をクロスヘッド速度と呼んでいます。
パイクリートの強度の強化材料としてガラス繊維を用いた場合の圧縮強度に影響するガラス繊維の質量割合の関係に関する実験結果を図12に示しています7)。図中の〇印は、氷のみの測定結果であり、圧縮強度は3MPaです。ガラス繊維質量比の増加と共に圧縮強度の増加傾向が理解できます。
図12 ガラス繊維により強化した氷の圧縮強度と含有繊維の質量割合の関係
このように、強度の高い繊維質材料などを水に混合して凍結させることで、氷のみよりも強度の高い複合材料であるパイクリートは、使い捨てのプレス型材などへの利用も可能であり、今後新たな市場性開発のできる凍結技術と言えます。近年オランダで、パイクリートを冬季の仮設ドーム用建築素材としての活用が検討されています。
以前本サイエンスコラム低温環境の利用技術(4)で紹介しました含水状態にある土壌を凍結させて強度増加を図る地盤凍結工法も類似した技術です。
参考文献
- 1)対馬勝年:エネルギー・資源、12巻(1991)、頁17
- 2)石本敬志:開発土木研究所月報、441号(1990)、頁34
- 3)前野紀一、 福田正巳:基礎雪氷学講座 I 雪氷の構造と物性、頁118
- 4)浦辺浪夫:鉄と鋼、7号(1981)、頁69
- 5)中尾正義:日本雪氷学会誌、43巻(1981)、頁108
- 6)近藤真幸:先住民の絆を結ぶ氷の道(時事ドットコムニュース)、2017年、頁3
- 7)大橋隆弘:圧縮強さ100MPaを超えるスーパー繊維強化氷の開発、科学研究費助成事業研究成果報告書(2018)、頁2、3