カーリング | 01
カーリングの氷はデコボコ
冬季オリンピックの正式種目の一つカーリング。その起源は16世紀のスコットランドといわれています。氷の上でストーンを滑らせるという、ちょっと考えると単純で退屈そうなスポーツが、500年もの長い間人々から愛され続けているのには、理由があります。それは、カーリングが単なる肉体スポーツではなく、「氷上のチェス」と呼ばれるように、精密な読みやかけひきを伴う頭脳スポーツだからです。カーリングの魅力はそれだけではありません。氷のサイエンスの眼からみると、カーリングには、驚きや不思議が一杯つまっています。
驚きの一つは氷の表面です。近づいてみると分かりますが、カーリング場の氷はデコボコです。デコボコといっても、しっかりと計画してつくられたデコボコで、ジョウロのような散水器で水をまいてつくります。まず、ピカピカの平らな氷を仕上げ、そして、ゲームが始まる直前に散水します。水滴はすぐ凍り、高さ
1ミリ程の小さな氷粒となります。氷粒は小石のように見えますから「ぺブル」と呼ばれます。レーン全体にぺブルがつくられるとゲームの始まりです。
なぜ、平らな氷をわざわざデコボコにするのでしょうか?それは、デコボコでなければ、ストーンがよく滑らないからです。一つの実験を紹介します。たくさんのぺブルが並んだデコボコのカーリング場でストーンを滑らせてみました。ストーンは28メートル滑って止まりました。次に、ぺブルを削りとり、スピードスケート競技を行うようなピカピカの氷にして、同じストーンを同じ速さで滑らせてみました。結果は11メートルでした。ぺブルのあるデコボコの氷が2倍以上も滑るという結果です。カーリング競技でストーンが何十メートルもなめらかに滑るのは、ぺブルのデコボコのためということができます。
それでは、ぺブルがあるとなぜ滑るのでしょうか?それは、氷の滑りのメカニズムに関係しています。氷が他の物質に比べて滑りやすいのは、摩擦熱によって瞬間的に薄い水膜が発生し、それが潤滑剤として働くためと考えられています。カーリングの場合、ストーンの重さは約20キログラムもあります。ストーンの下の氷にかかる圧力は、ぺブルでは平らな氷の10倍以上大きくなります。そのため、より多くの摩擦熱が発生し、より滑りやすいというわけです。
ところで、カーリングの「カール」は曲がるという意味ですが、ぺブルはカールにも大切な役割をしていることが最近分かってきました。また、ホウキかブラシのようなものでストーンの進行前面をこする動作はスウィーピングと呼ばれ、カーリングの魅力の一つですが、これも、ぺブルの存在によって効果が倍増すると考えられています。カールやスウィーピングについては、後でもっと詳しくお話することにしましょう。
(前野 紀一/北海道大学名誉教授)
ひとくちサイエンスシリーズ 著者紹介
前野 紀一
まえの のりかず
北海道大学名誉教授
略歴
1940年 北海道幌延(ほろのべ)町生まれ、中学より札幌
1963年 北海道大学理学部地球物理学科卒業
1965年 北海道大学大学院理学研究科修士課程(地球物理学専攻)修了
同年北海道大学低温科学研究所に勤務、助手、助教授を経て1984年教授
その間、カナダ・マギル大学物理学科研究員、
スイスVAW(ファー・アー・ヴェー)研究所研究員、
フランスCEMAGREF(セマグレフ)研究所研究員、
ノルウエーNGI(エヌジーアイ)研究所客員研究員
1996年‐1998年 国際雪氷(せっぴょう)学会(International Glaciological Society)会長
(本部イギリス・ケンブリッジ)
2004年3月 北海道大学定年退官
北海道大学名誉教授、北海学園大学・藤女子大学非常勤講師
北海道オーストリア協会会長
サイエンスアイ(石狩市在住の科学研究者グループ)代表
毎月第2土曜日は石狩市民図書館でサイエンスプラザ石狩(子ども科学相談室・おもしろ実験室)を開催
著書
「雪氷の構造と物性(古今書院)」、「新版 氷の科学(北大出版会」、「絵本 こおり(福音館書店)」、
「ひんやり氷の本(池田書店)」、「Engineering Approach to Winter Sports(Springer)」、他
NHKアーカイブス NHK特集「厳冬・黒部峡谷 -謎の雪崩"ホウ"を追う-」(1988年)
2008年7月 NHK番組「ためしてガッテン」氷・ムペンバ現象
2008年12月 NHK BSHi「アインシュタインの眼」カーリング
2010年7月 NHK BSHi「アインシュタインの眼」真夏をヒヤッと?かき氷
2013年2月 NHK総合「マサカメTV」鳴き雪
2017年10月 NHKBS1「スポーツイノベーション」カーリングと温度