低温環境の利用技術 | 17

氷の生成過程に起こる諸現象の基礎とその利用

低温環境の利用技術 INDEX

写真1 氷中花

氷中花(ひょうちゅうか)は、透明度の高い氷層に生花や造花を閉じ込めた氷のアートです。写真1にみられるように氷中花は、氷と花の組み合わせが生み出す涼しさや幻想的な魅力を生み出します。また、氷中花は、時間の経過とともに氷の融解により変化するので、一瞬一瞬の花と氷のコントラストを楽しむことができます。氷中花などの氷の彫刻は、氷のアート(芸術)とも呼ばれ、雪や氷祭りそして宴会場などのイベントに展示されて、その独創的な表現が楽しまれています。 このような氷彫刻などの作り方やその原理などは、後述の(2)氷の成形加工などによる様々な分野での利用に関する項目(a)と(b)で説明しています。

第17回サイエンスコラムの連載講座は、氷の生成過程において起こる諸現象を概説し、その利用技術についても言及します。

(1) 低温水から氷の生成過程で起こる諸現象

水を冷却する過程では、様々な現象を伴いながら最終的に氷が生成することになります。ここでは低温水や氷に関する代表的な現象や物性について概説します。

(a)低温水の温度と密度変化

極性分子*1である水は、水分子の水素結合力により、水分子同士がクラスター(水素結合などの弱い相互作用で水分子が集合したもの)を形成します。水分子のクラスター形成機構については、本サイエンスコラム「第1回低温環境下における水の性質に関して」をご覧ください。
大気圧条件下において、水素結合でクラスターを形成している水の温度を下げて3.98℃となると、水の配位数(水分子の周りに配位している他の水分子の数)は約4.4となります。その密度は0.99997 g/cm3の最大密度となります。さらに、温度が低下すると水分子の運動エネルギー減少とともに水分子同士の結晶構造が変化して、0℃の低温水の密度は0.99984g/cm3と若干小さくなります。氷核物質(氷結晶へ相変化を起こす物質である氷片やヨウ化銀など)の存在で、水の四面体構造を伴う六方晶となる体積膨張した氷結晶( Ih )が生成されます。この氷の密度は、0.91671 g/cm3 の小さいものとなります。従って、この水に対する氷の体積膨張率は、0.91671/0.99984= 0.91685 となり、この密度差で、軽い氷は水に浮くことになります。

*1:極性分子は共有している二原子間の電荷に偏りがあり、分子は正電荷(原子核)と負電荷(電子)を有します。極性分子の代表的なものとして、水(H2O)、アンモニア(NH3)、塩化水素(HCl)などがあります。

(b)水の過冷却現象

大気圧のもとで、水を冷却していくと0℃以下に温度が下がっても凍結しない過冷却現象が現れます。図1は、冷却槽内に内径5mmの超純水を入れた試験管を設置し、同槽内温度を徐冷した場合における超純水の到達過冷却温度と冷却槽温度の関係を示したものです1)。冷却槽温度が約-11℃より高い場合は、冷却槽温度に対して直線的に到達過冷却温度が低下することになります。冷却槽温度が約-11℃以下では、冷却速度が速まり試験管内で温度勾配による自然対流が激しくなり、試験管壁との摩擦などの刺激が加わり、測定データにばらつきがみられ、過冷却解放温度がランダムに変化することになります。このように、氷生成のもととなる氷核物質などが含まれない超純水を徐冷した場合には大きな過冷却度が得られることになります。また、過冷却水の粘度は、温度の低下とともに急激に上昇する(ドロドロの状態になる)こともコンピュータシミュレーションで明らかにされています2)

図5 電磁波と氷結晶格子上のヒドロニウムイオンと水酸イオンの状態

図1 冷却槽温度と到達過冷却度の関係1)

(c)氷相表面の疑似液体層

通常氷結晶の内部は水素結合による水分子の四面体配位を有する六方晶構造(Ih)が多数組み合わさったネットワークから構成されています3)。しかしながら、図2(a)に示すように、氷界面と空気層の間には、薄い疑似液体層が形成されています3)。図2(a)中の矢印は水分子双極子の向きを示します。 疑似液体層の表面で双極子は矢印で示す規則配列をしており、下向きの双極子よりも上向きの双極子が多くなります。この傾向は疑似液体層の内部に入ると次第に緩和し、ついには氷結晶特有の完全無秩序となります。図2(b)に示すように疑似液体層の厚さは-6℃程度でおおよそ10オングストローム(Å)から0℃の近づくに従って急激に増大する傾向にあります。このように、空気層と接する氷結晶表面は、界面エネルギーの関係から氷相内部の安定な水素結合とは異なる水分子双極子の配向となります。この氷表面に形成される薄い疑似液体層の存在は、光学センサーによる測定技術からも確認されています。

(a)

(a)

(b)

(b)

図2 疑似液体層氷結晶状態(a)と疑似液体層の厚さ(b)3) 

(2) 氷の成形加工などによる様々な分野での利用

上述のように、水の過冷却現象、水から氷への体積変化や氷表面での疑似液体層などの諸現象を伴いながら、氷結晶層の形成が行われます。以下に氷を利用した様々な加工技術などの例を紹介します。

(a)氷の製氷と氷彫刻

氷の工芸品である氷彫刻などを見ると、氷の冷たさや脆さ、そして美しさや不思議さを感じることができます。
透明な氷の生成には、基本的に次のようなポイントがあります。まず、①ミネラル分の少ない軟水を使います。②水に溶けている鉱物などを取り除くために、水道水の場合は浄水器を使い、不純物を取り除きます。③水中の空気を取り除くために、一度沸騰させた水を使います。④ -3℃~-5℃程度の温度で時間をかけて水を凍結させます。⑤冷凍庫で氷層を形成する場合は、上述の処理水を入れた容器をタオルなどで包んで、冷蔵庫の底に付かないように割り箸など下に置いて、時間を掛けて冷却します。 また、水を入れた蓋のない容器を夜間の冷たい外気に晒して、放射冷却により製氷する方法もあります。
氷は可視光線に対してなぜ透明なのでしょうか? 図3は、光に対する氷の吸収係数を示したもので可視光線の波長の領域においては、吸収係数はほとんど零です。人間の眼(網膜)は、波長0.55マイクロメートルを中心とする可視光線の電磁波に敏感に反応するようにできています。

図8 電子レンジ内のマイクロ波の状態

図3 氷に関する光線の波長と吸収係数の関係3)

写真2は、氷彫刻を示したもので透明な氷の彫刻像となっています。また、氷の彫刻像は、ダイヤモンドのようにキラキラ輝くのでは無く、やや鈍い特有な輝きを持っています。ダイヤモンドの屈折率である約2.42に比較して、氷の屈折率が約1.31と小さいことが涼しさや懐かしさを感じさせる原因と考えられます。
なお、氷の彫刻が破損した場合には、折れた部分の切断面を綺麗に整えてから氷を削って出た微細な氷片をつなぎにして、コールドスプレーを氷片塊にかけて繋げることで、修復することができます。氷温度が低い場合は、折れた氷面間に冷水を流し込んで、冷水の凍結により修復することができます。また、二つに割れた氷彫刻面に温めたアルミ板を押し当て融解により平らな面とした後に張り合わせることで凝固させて修復することも可能です。

図9 マイクロ波照射装置の概要

写真2 氷の彫刻

(b)氷中花や着色氷

氷中花の魅力は、写真1の説明で示しましたが、氷中花の作り方は次の2つの方法があります。一つ目の方法は、(a)氷彫刻で示したような処理水の中に、対象とする生花や造花などを入れて、冷蔵庫などで時間を掛けて(a)で述べた処理水をゆっくり冷却するものです。二つ目の方法は、予め製作しておいた透明な氷柱に、ドリルなどで生花などを入れる空間をあけて、そこへ生花などを投入し、その後不純物除去処理した低温水を徐々に入れてから徐々に下部から冷却して空気泡などを除きながら氷中花を製作する方法です。
氷を着色することは可能でしょうか? イオン添加型着色ガラスは、酸化鉄(Ⅱ)イオンをガラス製造時に添加すると青緑色となり、クロムイオンを加えるとより緑色が深くなります。着色ガラスのように、氷に着色することは可能でしょうか?残念ながら氷結晶そのものに色を作ることはできません。氷結晶は、水素結合により四面体構造の六方晶結晶が立体的に規則的に並ぶことで形成されます。ゆっくりとした氷結晶生成過程では、他の物質(染料など)は氷結晶界面に排出されて氷結晶の内部には入り込めません。しかしながら、凍結速度が速い場合は、氷結晶界面に染料などを閉じ込めた状態で成長することになり、着色した氷塊を作ることが出来ます。
写真3は、様々な色の食用染料を型に入れて、凍結させることで着色した氷塊を示したものですが、残念ながら透明性のある色付き氷には見えないです。

図12 氷層の誘電周波数と誘電損失(発熱量)の関係

写真3 様々な色の着色氷塊

(c)氷の食器など

夏季に料亭や高級旅館などでは、清涼感溢れる氷の器にお刺身を盛りつけて、料理を楽しむことができます。氷の器は、大きさの異なる二つのボウルを用いることで、家庭でも作ることができます。まず、大きなボウルに水道水を半分ほど入れて、その後小さいボウルを中央に入れることで二つのボウル間に水の層を形成し、両ボウルの上部をビニールテープなどで固定します。この水の層の厚さが氷の器の厚さとなります。一晩ぐらいかけて水層をゆっくり凍結させた後に、両ボウルを取り出します。内側のボウルに水を入れて回すことで、内側のボウルを取り外します。その後氷層の付着した外側のボウルごと水を張った容器に入れて回すと氷の器が剥がれて、氷の器を取り外すことが出来ます。冷却速度などの影響で、氷の器は空気の混入や氷のクラックなどで白濁したものとなる場合があります。

(d)氷のレコード盤

音が鳴ると空気が振動して波となって耳に伝わります。その振動(波)を記録しておけば後から同じ音を再生できるようになります。レコード盤にはその振動を記録した音溝と呼ばれる溝が掘られています。この溝にレコード針が触れると溝の形状に合わせてレコード針が小さく動き振動します。この小さな振動をカートリッジ(レコード針)により電気信号に変換し、さらにアンプで増幅することで音を再生することができます。氷のレコード盤は、まず、元のレコード盤に、シリコンを注入することでレコード盤の鋳型を取り、そこに蒸留水を流し込み、冷凍庫でゆっくり凍らせることで製作します。氷のレコード盤をレコードプレーヤーで再生すると、不透明な音質が独特な味わいを出しており、時間の経過とともに氷が解けるに従って音質が変わってくる面白さがあります。

(e)氷の楽器

氷で出来た楽器というと、珍しいもののように思えますが、実は世界中で様々な氷の楽器が作られています。氷の音楽は、自然にできた氷を叩いたり、氷から作った楽器を演奏したりして生み出されます。氷の楽器から出る音は、木や金属の楽器よりもシャープで明るく、細かい音が聞こえます。冬季北欧などでは、氷の音楽祭が雪氷で作られたドームで開催されています。
代表的な氷の楽器として、氷琴があります。木琴や鉄琴などの打楽器は、音板をバチ(マレット)で叩くことによって横波が発生し、それが空気を振動させて音となります。このときの振動数は、棒の長さの2乗に反比例します。すなわち、氷の音板の長さは振動数の平方根に反比例する関係にあります。つまり、氷の音板が長くなればなるほど振動数は少なくなり低い音になります。

(f)空気泡氷の製造

南極などでは、毎年降り積もった雪氷層がその重さによる圧力で氷層の中に微細な空気泡が形成されます。写真4は、氷中に閉じ込められた空気泡を示したもので、氷塊を水に入れると空気泡が膨張して、その圧力により氷塊に亀裂が入り、パチパチと音が発生しながら、氷塊の融解が進みます。オンザロック用の飲み物に、空気泡含有氷塊を投入するとパチパチと音がする飲酒を楽しめることになります。

写真4 氷塊に閉じ込められた空気泡

写真4 氷塊に閉じ込められた空気泡

写真5は、南極の積層氷(毎年の降雪層が積み重なり、その重さで圧雪されて作られた氷層)を示したものです。氷層が深くなるにしたがって、空気泡(黒く見える部分)が微細になり、氷結晶の結合(図中の白色部分)が増えて一体化している様子が分かります。この状態は、氷層が深くそして氷層重さによる圧力が大きくなるとガスクラスレート(包摂型化合物*2)が形成されることになります4)

深さ30m

深さ30m

深さ55m

深さ55m

深さ116m

深さ116m

写真5 南極における積層氷の深さによる空気泡の状態

氷層中に各種の気泡を封入することで、氷に様々な機能を持たせることもできます。気泡にオゾンを封入したオゾン氷は、冷却効果以外に氷融解時にオゾンが拡散することで、オゾンの殺菌や脱臭効果により、生鮮食品の鮮度保持が可能となります。このように、各種のガスを氷層に封入する技術は、食品の貯蔵や輸送などに寄与する観点からの技術開発が行われています4)

*2 包摂型化合物:原子や分子の立体構造の格子のすきまに別の原子や分子が入り込み、一定の組成比で特定の構造を形成する化合物のことです。海底において高圧低温下で、メタンガスの周りに籠型の氷結晶を形成するメタンハイドレートはその例です。

(g)雪面に付いた足跡の鋳型形成

雪面上にはその地域に生息する動物や鳥類の足跡が刻まれます。足跡の形状や配列などから動物や鳥類の特定と行動などを予想することができるので、野生生物の生息調査に役立ちます。一方、雪面には人の足跡も残るので、犯罪捜査の重要な手掛かりとなります。
写真6は、雪面上に残された足跡を示したもので、崩れやすい足跡を瞬時に固める特殊な粉末状セメントを足跡にまき、水をスプレーで吹きかけて足跡を固めたのちに、特殊セメントを流し込んで、立体的な足跡を得ます。得られた足跡の数や状態などから犯行現場に何人の人がいたか、その足跡の状態から侵入・逃走経路や犯行状況などの手がかりとなります。

写真6 雪面上の足跡

写真6 雪面上の足跡

(h)雪だるまの宅配とおもちゃ氷

降雪寒冷地においては、降ったばかりの新雪を、雪だるま型発砲スチロールの内部に圧雪成形して、クール宅急便で温暖地域へ搬送することで、降雪の無い地域でも実物の雪製品を楽しめることができます。 なお、硬い雪玉を作るには次の方法があります。 ①雪は空気を多く含むので力を入れて雪玉を作る方法、②パウダースノーは、強く握っても崩れてしまうのでスプレーで水を掛けて空隙を埋めながら作る方法、③塩を混ぜると雪が融解して水溶液となり(氷点降下)、その空隙を水溶液が埋めることになり、さらに冷気や雪の冷熱で水溶液の凝固点以下の状態で凍結させる方法があります。

(i)氷による低温効果を利用した粘性材料の硬化

ガムなどの粘性のあるものが衣服にこびりついた場合には、氷を入れたビニール袋を二つ用意して、ガムのついた衣服の両側からビニール袋を当てるとガムが硬化して剥がれ易くなります。また、乗り物の座席に付いたガムなどを氷入りの薄いビニール袋で冷却することでガムが硬化して剥がれやすくなります。
粘着性のある味噌などをポリ袋より取り出すとき、ポリ袋の表面に味噌などの食品が付着します。この解決策として、まず、ポリ袋入り粘着性食品を冷凍庫に入れて、ポリ袋の表面近くの食品が保有している水分が凍結分離して、粘着性食品がポリ袋に付着せずに取り出すことができます。
シリコン・シーラントとガラス繊維からなる絶縁用テープなどは、粘着性が強く通常の方法で成形加工することは困難とされています。図4は、氷板でできた氷のこて(鏝)を絶縁テープなどに当てることで、その低温硬化作用で手際よく絶縁テープを整形することが可能であると報告されています5)

図4 氷のこて(鏝)の概要

図4 氷のこて(鏝)の概要

参考文献

  • 1)横山晴彦、過冷却水とその構造、横浜市立大学論叢自然科学系列、62巻1号(2012)、頁11
  • 2)T.Kawasaki and K.Kim、Identifying time scales for violation/preservation of Stokes-Einstein relation in supercooled water、Science Advances,10 (2017)、頁1126
  • 3)前野紀一、氷の科学、北海道大学出版会(2006)、頁96、頁124
  • 4)寺岡ら、高濃度マイクロバブル水を用いた気泡含有氷の生成、日本冷凍空調学会論文集、29巻2号(2012)、頁317
  • 5)対馬勝年、氷雪物理学、富山大学理工学研究部(2022)、頁105