フード・バリュー・ネットワーク | 07

青果物のコールドチェーンにおける温湿度管理

フード・バリュー・ネットワーク INDEX

マネージメント・システムの近代化

生鮮青果物の品質は低温流通過程、つまりコールドチェーンにおいて、さまざま要因により劣化する。そのため、「温湿度管理」技術には、対象とする商品の劣化要因を探って、その生理的メカニズムや細菌の伝播を抑制するための最適な温湿度条件を把握することが必要である。具体的には圃場における急速冷却操作、つまり予冷から冷蔵・冷凍・輸送・市場・家庭に至る流通の全過程に渡って、食中毒などを防止して「美味しさ」を創るための多様な科学技術が適用されている。具体的には、品質劣化の原因を生理学・微生物学・化学・理工学・調理法(レシピ)などの見地から総合的に考究して、品質維持や消費地におけるビジネスを優位に保つための合理的温湿度条件を設定する必要がある。現状では、この条件を満足させる温湿度モニタリング・システムを基盤として、流通方式の選択と機械設備の設計、生産・処理ラインの最適操作法、品質維持と向上法、ハンドリングと輸送法、さらに消費者の購買意欲を喚起する商品の包装容器デザインなど、グローバルな「コールドチェーン・ネットワーク」を社会実装するための戦略的マネージメント・システムの開発競争が進展している。

品質劣化を防止する基礎知識

食品劣化の要因の中でも微生物による食中毒の発生は、農林水産原料の生産者や食品加工企業などの存亡にも深刻な事態を招くために、低温度管理による防止技術の研究と対策は消費者の食品衛生面からの要請、つまり「安全と安心」を保証する食害防止技術として認識されている。我が国では低温以外にも伝統的で多様な加工技術が用いられてきた。例えば微生物の殺滅や増殖抑制の方法には、地域特産品として独特の味噌や醤油などに典型的に観られるように、加工調理プロセスに塩蔵や乾燥などの貯蔵・腐敗防止法などが用いられてきた。さらに現在では、低温による呼吸・蒸散作用、酵素による鮮度低下、油脂の酸敗、色素の変化などを防止する合理的な複合効果が周知され、「コールドチェーンの基盤技術」はグローバル・ネットワークを構築しながら進展している。しかし、実際の流通現場では、低温の有効利用に反応する食品の変質特性、つまり科学的エビデンスに裏付けられた生理的基礎知識などが理解されていない「現場の作業」が観られる場合も多い。これらは、主に実用加工・貯蔵設備や輸送・搬送車両などを利用した冷凍操作でも散見されるので、コールドチェーン改善のための基礎的知識を普及させることが肝要となっている。この改善策の基盤とすべき留意点は、チェーンの結束点で交代して新しく参画する「異業種分野の人材」を育成することが肝要であり、公益社団法人日本冷凍空調学会では多様な「カリキュラム」を提供している。

温度と呼吸作用

(1)呼吸熱による冷凍負荷の算定法

生鮮青果物のコールドチェーンを構築するためには、低温の有効利用、冷却と貯蔵の最適温湿度管理、さらに包装容器デザインなどの周辺技術などを包括して、チェーンを合理的に支える基礎知識の習得が必要である。これらの知識は機械設備類を設計製造するための基盤となっている。この事例を具体的に紹介するために、青果物の呼吸熱データが冷凍設備の設計に不可欠である事由を解説する。

圃場で収穫した青果物は「生きて」おり、呼吸作用により熱エネルギー、つまり「呼吸熱」を放出する。有気呼吸では青果物体内の呼吸基質に含まれる炭素が、空気から取り入れた酸素と結合して糖を主体とする分解生成物を造り、最終的には炭酸ガスと水に分解されて放出される。他方、無気呼吸による呼吸熱は有気呼吸のそれに比べて微小な値となるが、これらの反応はいずれも生体が保有しているエネルギー源を消費する生理作用であり、鮮度や品質の劣化を招くプロセスである。また、これらの反応速度は生体の品温低下により抑制され、この過程で生ずる反応熱が呼吸熱に相当する。このために、コンビニエンス・ストアの室内空間を対象とする冷凍空調温度や室内に設置されているショーケースなどの設備や機器の冷凍負荷、つまり冷凍機の必要能力を積算するのに不可欠な熱量データとなっている。

(2)品温に影響される呼吸熱

表1は青果物の呼吸熱を品温別に表示しているが、その値は青果物のカテゴリー分類、品種、栽培地および生育環境などによって異なり、品温が高いほど大きい値を示す傾向にある。さらに、この発熱生理により青果物自体の品温も上昇するので、呼吸作用も促進されて品質劣化も早くなる。

表1 野菜と果実の品温別呼吸熱(kJ/kg-day)

野菜の種類 温度(℃)
0 5.5 10 15.5 26.6
カブラ(葉もぎ) 2.05 2.26 5.86
サツマイモ(キュアリング前) 2.55 3.52 6.70
サツマイモ(キュアリング後) 1.26 1.80 4.60
キャベツ 1.26 1.76 4.60
キュウリ 1.80 2.68 10.9
スナップビーン 5.86~6.49 9.63~12.1 33.5~46.0 52.3
ライマビーン 2.51~3.35 4.60~6.28 23.0~28.5
トウモロコシ(スイートコーン) 6.91 10.0 40.2 64.9
マッシュルーム 6.49 23.0
セロリ 1.72 2.55 8.79
レタス 1.21 1.67 48.1
タマネギ 0.71~1.26 1.84~2.09
トマト(緑熟) 0.63 1.13 6.70
トマト(完熟) 1.09 1.34 5.86
ニンジン(葉もぎ) 2.26 3.64 8.37
バレイショ(ジャガイモ) 0.46~0.92 1.17~1.84
カエン葉 2.80 4.60 7.74
ピース 0.84~0.88 13.8~16.7 41.9~46.0 75.3~87.9
ブロッコリ 7.95 10.9 35.6
ホウレン草 4.60~5.02 8.37~11.7 18.8~20.9 38.9~39.8
果実の種類 温度(℃)
0 5.5 10 15.5 26.6
イチゴ 2.85~3.98 5.40~6.91 16.4~20.1 38.9~48.6
オレンジ 0.75~0.96 1.05 5.23 8.37
メロン, カンタロープ 1.38 0.92~1.00
クランベリー 0.63~0.75 1.13 1.76~1.88
グレープフルーツ 0.48 2.93 4.40
サクランボ 1.38~1.84 11.7~13.8
洋ナシ 0.71~0.92 9.21~13.8
バナナ(緑色) 3.47 8.79
〃(催色中) 9.67
〃   (完熟) 8.79
ブドウ 0.63 1.26 3.68 8.79
モモ 0.92~1.47 1.51~2.09 7.53~9.75 18.8~23.4
ラズベリー 4.60~7.12 16.7~18.8
リンゴ 0.33~1.67 0.63~2.80 2.39~8.37
レモン 0.63 0.88 3.14 6.70

引用分献:(表1)第6版冷凍空調便覧Ⅳ巻 食品生物編、日本冷凍空調学会 (2013)

したがって、発熱量の多い品種ほど品質劣化も加速されることになり、ブロッコリー、レタス、ホウレンソウ、トウモロコシのように比較的大きい呼吸熱を放出する葉菜類の鮮度保持期限は、タマネギ、バレイショ(ジャガイモ)のような低発熱野菜よりも短命である。特に、ピース(グリンピース)、はその品温が16℃以上になると、トマトのほぼ10倍に相当する呼吸熱を発生するので、青果物の呼吸熱は冷凍機器・設備の能力を算定するために不可欠なデータとなっている。

表2 青果物呼吸量の温度計数 Q10

種類 品種 0~10℃ 11~21℃ 16.6~26.6℃ 22.2~32.2℃ 33.3~43.3℃
イチゴ ハーワード17 3.45 2.10 2.20    
モモ カールマン
3.05 2.95 2.10    
エルバーター 4.10 3.15 2.25    
レモン カリフォルニアユーレーカー 3.95 1.70 1.95 2.00  
オレンジ カリフォルニアネーブル 3.30 1.80 1.55 1.60  
フロリダシードリング 3.95 2.15 1.60 1.50 1.95
グレープ フルーツ フロリダシードリング 3.35 2.00 1.45 1.65 2.50
種類 0~10℃ 10~24℃ 種類 0~10℃ 10~24℃
アスパラガス 3.5 2.5 ニンジン 3.3 1.9
エンドウ 3.9 2.0 チシャ 1.6 2.0
サヤインゲン 5.1 2.5 トマト 2.0 2.3
ホウレンソウ 3.2 2.6 キュウリ 4.2 1.9
トウガラシ 2.8 3.2 ジャガイモ 2.1 2.2

引用分献:(表2)椎名武夫:食品と劣化、光琳、pp. 205-257 (2003)

(3)呼吸速度を評価する温度計数 Q10

青果物の呼吸速度 (CO2 mg/kg-hr) に及ぼす品温の影響は、呼吸作用の温度係数Q10により評価されている(表2)。この係数は品温が10℃上昇するごとに、呼吸速度が何倍に増えるかを表示しているが、果実と蔬菜(そさい)のQ10は品温0~10℃の範囲で最も高い値を示す。そこで青果物の品温を10℃以下の範囲で未凍結状態にして保つと、呼吸速度を効果的に抑制できることが分かる。つまり表2に示したQ10は、低温流通プロセスにおける品温の断熱効果を示し、アイスクリーム配送車の壁面内部の「ガラス繊維綿断熱材」や漁港から魚介類を消費市場にトラック輸送する「スタイロフォーム」断熱容器などが利用されている。さらに呼吸作用や微生物の増殖活動を同時に抑制出来るので、家庭用冷蔵庫にも未凍結青果物用に「チルド温度帯トレイ」が設けられている。ただし、キュウリ、ナス、ピーマンなどの野菜では、凍結すると細胞が破壊され、融解すると品質が急速に低下する。また、品温を未凍結温度以上に保っていても代謝異常による「低温障害」が発生するので、家庭用冷蔵・冷凍庫の購入に当たっては仕様書などで「チルド温度帯」の安全な利用法について確認しておく必要がある。

(4)蒸散作用のビジネスモデル

低温環境下に置かれた青果物の生理作用の中で、蒸散作用は品質の維持と「美味しさ」の創出を目的として、ビジネスを優位に展開するマネージメント技法の開発が考究されている。特に「食品AI(人工知能)システム」の研究開発は食品企業の「イノベーション・ターゲット」として掲げられている。しかし、国内の食品業界の現状では真夏の熱中症対策として、皮膚表面の発汗と蒸発を体内から補給する飲料類が自販機で販売されているように、グローバルなイノベーションを社会実装している農食分野の動向はクリアに公表されていない。ただし、これまでグローバルなビジネスを展開してきた日本の自動車製造企業と情報処理企業が連携して、富士山麓に「夢の未来社会モデル」を実装する計画が報道されている。

(5)蒸散作用の生理と品質維持法

生物は「水」を媒体として種々の生理作用を営んでいるが、蒸散作用は養分の移動や皮膚表面の蒸発による体温調節などの機能を担っている。また、青果物市場の関係者は、野菜類の水分保有量は90~95%であり、消費者は水分量が5%蒸散すると商品としての価値を認めず、購入意欲を失う」と認識している。したがって、蒸散抑制の最も重要な目的は質量減少、つまり「目減り」や萎凋(いちょう:葉などが酸化酵素の働きで萎れること)を防止する技法の開発にあるが、呼吸によるビタミンCや芳香の消失、口腔内の咀嚼機能を維持する歯周病予防や食感(テクスチャ)の劣化防止などを研究課題とした機能性健康食品の開発も進展している。

蒸散作用の主な誘因は、青果物周囲の空気と葉菜類表面や果肉表皮間の水蒸気圧差にあり、この格差が大きくなるほど蒸散作用は促進される。青果物に含まれる水分の水蒸気圧は、品温が高いほど大きくなるが、これを低温環境下に移すと周囲の空気に含まれる水蒸気圧よりも高くなる場合が多い。この水蒸気圧差によって青果物の水分は低温空気の方へ移動する。たとえば,品温10℃の高水分青果物の飽和水蒸気圧は1.23kPaであり、これを温度0℃、相対湿度100%の冷蔵庫に搬入しても庫内空気の水蒸気圧は0.61kPaとなる。この差0.62kPaを駆動力として青果物の水分は冷蔵庫内空気側へ移動する。この移動は庫内空気が静止状態にあっても生ずるが、青果物に接する庫内空気の流動速度が速くなると水蒸気圧差による水分移動速度はさらに加速される。したがって、青果物からの蒸散作用を完全に抑制する方法はほぼ実現不可能である。

(6)蒸散作用を抑制する乾燥予措(よそ)処理

温湿度と蒸散作用との関係は、温度と呼吸作用との関係ほど明確ではないが、柑橘類では湿度が呼吸作用に伴って蒸散作用にも影響を及ぼすことが感知されている。つまり、果実の種類も豊富であるために、呼吸作用と蒸散作用を科学的エビデンスとして明確に分離する事は困難である。そこで、季節に依存して大量に収穫され、柔らかい果皮に包まれている「温州ミカン」を対象サンプルとして選ぶと、果皮の生活作用が果肉部分に比べて活発となり、果汁の蒸発により果肉部分の収縮が進展して「浮き皮」が形成される。これを防止するために、収穫直後の果実を貯蔵庫に搬入する前に、表皮を乾燥収縮して表皮組織を固くしておく処理法、つまり「乾燥予措」が実施されている。この目的は表皮を収縮して選別工程で生ずる搬送、回転、振動などによる外傷に対する抵抗力を強化し、さらに浮き皮に生じた傷口を収縮して腐敗菌の進入を防止することにある。このように、乾燥予措はバレイショ、サツマイモ、ダイコン、ニンジン、ゴボウなどの根菜類や柑橘類の長期貯蔵のための前処理であり、その呼吸・蒸散作用の抑制効果が確認されている。他方、熱帯原産果実の中には未熟な状態で収穫され、流通・貯蔵の段階で熟成を促進させ、可食状態にして食用に供されるものがある。前回のシリーズ2で解説した輸入バナナの追熟「エチレン」がその典型例であるが、この他にトマト、イチゴ、西洋ナシ、キュウイフルーツなどでは主に品温管理により制御されている。