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フード・バリュー・ネットワーク
~子育てに最適な農業と食育の連携フィールド・ワーク~

アグリビジネスの源泉となった六次産業化法

2011(平成23)年、「六次産業化・地産地消法」、通称「六次産業化法」は「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出および地域の農林水産物の利用促進に関する法律」として施行された。この法律の主な目的は地域資源を有効に活用して農林漁業者等による事業の「六次産業化」に関する施策並びに地域の農林水産物の利用、すなわち「地産地消」などを総合的に推進することにより農林漁業等の振興を図るとともに、食料自給率の向上等に寄与することを目指す基本方針を示す事にあった。

この法律の「六次産業化」という名称は、約20年前に農業経済学者の今村奈良臣(ならおみ)東京大学名誉教授によって提唱された。このアイデアが提唱された当初は、その意味を「1次産業+2次産業+3次産業=6次産業」のように説明されていた。すなわち産業の足し算により、「農業本来の一次産業に二次産業と三次産業を取り込む啓蒙策」であった。具体的には「農産物直売所」など、一次産業の従事者に対して消費者の要望を満たす事業の創出が推奨されていた。その背景には、当時の農業が農林水産畜産物の生産や食料の原料生産のみに携わっていて、二次産業的分野である農産物や食品の加工は、食品製造関連の企業に取り込まれ、さらに三次産業的分野である農産物の流通や販売、あるいは農業・農村にかかわる情報やサービス、観光なども、そのほとんどが卸・小売業や情報サービス産業、観光業に取り込まれている状況があり、これらを農業・農村の産業分野として取り戻そうという提案であった。

この提案の3年後には、農業またはその他の産業が一つでも衰退して「ゼロ次産業」となっては日本経済そのものが崩壊すること、また、全ての産業が融合してこそ、意図した以上の効果も生まれると思考され、単なる産業の寄せ集めではなく「かけ算」、つまり産業の相互乗り入れによる融合効果、つまり相乗効果による新規事業の創出までを視野に入れた概念が再提唱された。

相乗効果創出への展開

六次産業化の概念は経済学の始祖と称されているウィリアム・ぺティが提唱し、その後産業経済学者として著名なコーリン・クラークが「ぺティの法則」として紹介した学説に裏付けられている。つまり「六次産業化」構想は単なる語呂合わせでなく、マクロ経済学の原点となっている理論に裏付けられている。その法則は、一つの国の産業を一次から三次に分類し、経済の発展につれて国民の所得と就労人口が一次から三次へと移行すること、さらにこの移行により所得格差が生じる事などを提唱した経験則であり、経済学の創設者とされるアダム・スミスに先駆けて提唱されている。今村教授は六次産業化を発展させるための活力について、「多様性のなかにこそ、真に強靭な活力は育まれる。画一化のなかからは、弱体性しか生まれてこない。多様性を真に生かすのは生命力に富む農食連携によるビジネスネットワークである」と述べておられる。

現在では2次および3次産業、例えば工業製品製造業やITなどの企業が農業分野へ参入してビジネスチャンスを探る傾向が顕著に見られており、立体省エネ型全自動植物工場、 食品製造ラインへのヒートポンプ導入などの最新事業例を紹介するセミナーなどに参加する工業分野の出席者数が急増している。これらは政府の「地方再生」予算などの施策に誘導されている面も否めないが、他方では都市に定住しているサラリーマン家族が農山村住民の呼びかけに応じて一定期間滞在し、自然環境・農作業・料理・食卓などを共通に体験しながら交流して癒やされている。つまりこのようなフィールド・ワークに参画している「民」の「関係人口」も増加している。また、この関係を通じて両者が保有している知識や技術を生かしながら地域ビジネスを生み出す「知産知消」効果も生まれている。これらの現況は「六次産業化」の相乗効果が、これまでの産業区分に属さない新しい産業を創出しつつある具体例を示していると考えられる。本稿では六次産業化や地産地消を広域的に推進しながら、和食による食育活動とも連携して「子育てに最適なフィールド・ワーク」を提供する必要性と有効性について解説する

農と工の体験フィールド・ワーク

農業の六次産業化と和食の世界文化遺産登録は単なる食べ物だけを対象にしているのではなく、これを創ってきた伝統的食文化が評価されたことに留意すべきであろう。筆者の私的体験を事例として紹介すると、昨年100歳を迎えて逝去した母は、原発再稼働の報道で周知されている薩摩川内市に住んでいたが、「東京で一緒に」という私の誘いを断り続けてきた。その理由は、地元の冠婚葬祭や行事に欠かせない薩摩の伝統的儀式や料理作法を地域の若い主婦達と一緒に仕事をしながら伝えられる誇りと交流の楽しみから離れ難い気持ちにあった。その背景には、終戦後、軍港の造船所から帰郷して農機具や自動車の修理工場を経営し始めた父に代わって、我が家の食糧難を克服しながら技術職人に食事を供給する農作業を担う必要があった。このため、工場に隣接した台所には数段の「せいろ」を蒸せる大きな竈が、土蔵には糠床(ぬかどこ)と漬け物・味噌・醤油樽、餅つき臼、もろ蓋などがところ狭く置かれていた。私は田畑の農作業と台所で竈(かまど)の火加減を調整しながら、数人のグループでまかなわれた給食法を体験することになった。

他方、筆者の記憶に残っている最初の遊び場は自動車修理工場であり、義務教育期間のほとんどを跡取り息子として、職人気質で匠を目指している工員に囲まれて一緒に働きながら育った。彼等の大部分はほとんどが無口であり、目前の技術について口頭で説明しながら周囲の後輩に教えることはほぼ不可能であった。つまり学習の現場は「見よう見まね」で自らの技術を磨き、新しい発想で独自の作品を創造する芸術家のフィールドに類似していた。実際に訓練した作業は、電気またはガス溶接・工作機械の操作・部品の選択と交換・工場と工具の清掃点検などの方法であり、これらの技術を組み合わせて仕事の「段取り」を体系的に計画することなどが挙げられる。この「段取り」は、乗り合いバスの出発時刻に間に合うように、工員の熟練度と若者に技術を伝授する能力を考慮した修理工グループの編成、安全な修理手順、部品の調達と修理法に合わせた加工法、共用している溶接機や加工設備の利用時間の配分など、全ての作業の流れを臨機応変に変換する能力も必要とされた。

これらの体験学習は大学教員となって、提出期限に迫られている複数の大学院生の博士論文編集作業を指導する総合力の鍛錬に匹敵する。さらに、海軍の技術将校として勤務していた造船所で、爆撃や機銃掃射に晒された学徒動員生の安全を守りながら敗戦を迎えた父親からは、武士道に裏付けられたジェントルマン・シップを実践させられた。今ではこれらの体験が教育・研究者としての原点を創出したと自認させられている。このため、大学では農学部に籍を置きながら、社会に実装する青果物の鮮度保持や選別包装施設の機械設備を研究対象とする「ポストハーベスト工学」分野の研究に従事し、大学院生となってから現在に至るまで「凍結乾燥(Freeze Drying)」をバックボーンとして、周辺技術に関するオリジナルな研究課題を学生と共に考究して継続している。いずれにせよ私個人の性格を分析すると、「良きにつけ悪しきにつけ」農作業と工業技術を習得した連携フィールド・ワークにより形成され、また、最適な子育て教育の機会はこれらの体験学習にあると考えている。

農業フィールド・ワークの教育効果

我々の食生活を支えている農業は、これからの「子育てのあり方」に多くの示唆を与えてくれる。例えば、サツマイモを育てるのに不可欠な「草取り」作業は、畝間(うねま)に身体を支えて動きながら、伸長しているツルをはぎ取とって畝上に移すと同時に、露地となった畝間の雑草を除去する作業である。九州地方ではこの作業を夏季の炎天下で行う必要があり、機械化も困難であるためにほとんど人力で行うことを強いられる過酷な農作業の典型例である。また、草取りを徹底的に行ったつもりでも、その後の天候変動によっては再び短期間に雑草がはびこってくるので、雑草の生え具合を観ながら繰り返しの作業が必要である。このように自然環境の変動に左右される農作業のタイミング予知能力は「感と経験」に依存していて、家族全員で実践することによって伝承されてきた。つまり、農業には環境の変化に応じて時々刻々と変化しながら育ってゆく作物を観察しながら、外見も麗しく、逞しく、栄養も豊かで、「美味しい」収穫物を育てるための体験学習による「知恵と技」が求められる。子育てには幼稚園から大学に至る過程で、農作業と同様な「柔軟な知恵」が求められ、人格的に円満で「協調性」、「社会性」さらに「専門性」を兼ね備えた「発想豊かな」子供を育てる「場」が必要である。この様な人材を育成する方法は、食育基本法で重要視されている「体験学習」を実施することにあり、筆者の私的体験は、農業フィールド・ワークが最適なプログラムを提供していると教えている。

伝統食「茶節」で癒やされる農作業

薩摩半島の南端地域では、郷土料理の中で簡単で美味しい食べ物は「茶節」と称されている「茶めし」、「ザル蕎麦」または「味噌汁」であろう。食材の主役は枕崎港や指宿温泉郷の地域で作られる「荒ぶし」または「なま節」と称される柔らかい鰹節であるが、お椀の底に少量の白味噌を入れて炊きたての白米の上に削り節をお椀からはみ出るほど山盛りにする。これに「知覧茶」を注ぐという簡単な調理法であるが、常食としている味噌汁と異なる特徴は「煮干し」の代わりに「鰹節」と「知覧茶」から「出汁をひく」贅沢にある。もちろん、冠婚葬祭や儀式の料理には、鰹節の他に北海道で採れた昆布のミネラル豊富な湧水に浸した出汁を用いる。また、茶節の美味しさが最高に発揮されるのは秋季農繁期の農作業の合間であり、我が家では新鮮な鰹節の味と緑茶風味を堪能できる「疲れを癒やす」薩摩料理として愛されている。

しかし、知覧茶の栽培と鰹節作りには半年以上の期間を必要とし、この一品だけでも日本の伝統的食文化を語り尽くせない興味ある事柄で満たされている。例えば、江戸時代の1799年、日本の名産品を紹介するために出版された「日本山海名産図絵」(国立国会図書館蔵)には、鰹節作りの作業が図絵として紹介されている。このような体験学習の事例で紹介したように、現在、北海道の「フードバレーとかち」では「食-エネルギー-環境連環スキーム」により、大都市から帰郷して農業を目指す若者と消費者の子供たちを対象にした地域フィールド・ワークが食育やビジネス創出活動と連動して展開されている。

社会人育成フィールド・ワークの必要性

1970(昭和45)年後半から高度成長期を迎えた我が国の社会経済的状況は、核家族化、女性の社会進出、外食産業の隆盛などを招き、子供を有名大学に入学させて著名な企業に就職させることが親の共同幻想となっている現状にある。このため、受験戦争の激化に伴って幼児を学習塾に通わせる事態を招き、高校卒業までの長期間予備校通いが継続している。「塾」や「予備校」の教育目的は「他人が作った問題を短時間に正確に解答できる能力」を育てることに集約される。しかし、社会人に求められる能力を列挙すると、(1) 複雑に絡み合った問題を発見する能力、(2) 核心となる問題を見極めながら複数の効果的解決法にプライオリティーを設定する能力、(3) 理系文系という受験の枠組みを超越して多分野の専門家を糾合して体験学習により最適解を抽出する能力、(4) 発見した問題を分析して得られた環境条件の変動に対応して臨機応変に最適解を選び直す能力、(5) 社会に実装した解決策をモニターして新しい課題を探索するために、前述した能力(1)に戻って(5)までを再循環させながら検討する能力、(6) 最適解を実施している現場を訪問して、全体計画の進捗状況を定期的に視察し、計画に漏れている事項を整理して補強する能力、などである。

このような能力は、国の多様な課題を解決する行政府や国会議員、省庁に所属する国家公務員などに要請されるシステムテーマを社会実装プロジェクトとして創出するためのモデルを想定している。しかし、実社会ではこれらの能力をサポートする「産官学民」が協業してコンポーネントとして支援する組織や専門家などが必要である。これらの能力は、大学講義で単位を取得する座学だけで育成されるとは考えられず、大学のカリキュラムにも農作業と同様な機能を有する体験学習を主要な柱とするフィールド・ワークを導入する試みを活性化する必要があると考えられる。つまり家族全員が食卓を囲んで同じ食事を摂りながら、子供達と共通の話題について感情のコミュニケーションを図れる食卓機能により「好きなことを選ばせる機会」を提供する家族の役割が肝要である。なぜなら、好きなことは自由に、周囲に説教されなくても、自ら進んで体験する意欲に駆られて才能や能力を育てられるからである。 

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