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カーリング第3回

カーリング・ストーンはなぜ曲がる?

カーリング

カーリング・ストーンはただまっすぐ滑っているのではありません。多くの場合、コースはわずかに曲がり、時によっては、他のストーンの後ろにぬけて、思いの位置に止めたり、他のストーンに当てたりします。カーラーの腕の見せどころです。縮れた髪の毛や曲がりくねった道という時に使われる「カール(curl)」という言葉が、カーリングの名前の出どころと考えられます。

ストーンはなぜカールするのでしょうか?  多くの人は、野球ボールやゴルフボールのように、ストーンの回転による左右の速度差がカールの原因と考えるに違いありません。しかし、これではカールは説明できません。たしかに、ストーンに左回り(反時計方向)の回転を与えると左へカールし、右回り(時計方向)の回転を与えると右へカールしますから、カールに回転が関係していることに疑いはありません。しかし、ストーンに働く空気の抵抗と圧力は無視できるほど小さいので、野球ボールやゴルフボールの場合の気流による説明は成り立ちません。

それでは、氷の摩擦力はどうでしょうか。氷の摩擦係数は速度が増すと小さくなりますから、回転による左右の速度差は摩擦力の違いを生み出します。しかし、これによってもカールは説明できません。理由は、氷の摩擦はストーンを減速させるだけで、左右で違いがあっても、重心の運動方向を変える横方向の力が発生しないからです。左右の摩擦力の違いはトルクを生み、ストーンをスピン、つまり軸中心に回転させますが、重心の運動方向は変りません。この仕組みは、ストーンと氷の間に発生する摩擦力を図に描き、すべてのベクトルを足し合わせてみると分かりますから、これ以上説明しません。気になる方は前野(2010)の図3を見てください(前野:カーリングと氷物性、『雪氷』、日本雪氷学会、72(3),181-189,2010)。

カールが左右の速度差で説明できないことは、約10年前のデニー(1998)とシェゲルスキーたち(1999)の間の科学論争でも示されました。現在は、シェゲルスキーたちが主張したように、ストーンがカールするのは、ストーンの前部と後部で摩擦力に違いがあるためと考えられています。前後の摩擦力に違いがあれば、正味の横方向の力が発生し、ストーン重心の運動方向が変るからです。これは、テーブルの上でグラスを逆さまに伏せ、回転を与えて滑らせるとカールするのと似ています。また、ブレーキが完全ロック状態になった自動車が前輪と後輪のわずかな摩擦の違いでコースから外れるのと似ています。

現在ストーンのカールに関して残されている問題は「なぜ後部の摩擦力が前部より大きいか?」です。こう考えない限りストーンは正しい方向にカールしませんが、その物理メカニズムが謎なのです。これは実は高度な氷物性の問題です。シェゲルスキーたちは、摩擦で生じた水が前部に運ばれ前部の摩擦係数を後部より小さくすると説明しました。しかし、これは頭の中で考えた筋書きで、氷物性として実証するのは困難です。

軽井沢 氷研究所/カーリング施設にて
軽井沢 氷研究所/カーリング施設にて(2011年5月撮影)※日本で数少ない通年営業のカーリング専用施設の視察時に技術研究所メンバーが体験

ストーン後部の摩擦力が前部より大きくなることを説明する、より現実的なメカニズムとして私が「蒸発摩耗モデル」を発表したのはこのためです。このモデルは、蒸発熱による氷表面の冷却と氷の削り屑の影響を考慮します。前部で摩擦加熱された氷はすぐ蒸発で冷え、より低温の状態でストーン後部に接します。氷の摩擦係数は低温ほど大きいため、後部の摩擦力は前部より大きくなります。また、ストーンは摩耗によって氷を削りますが、前部で生じた削り屑は後部に摩擦抵抗として作用しますから、やはり後部の摩擦力が前部より大きくなります。蒸発摩耗モデルの正否は、数値計算だけでなく実験で明らかになるはずです。最近スウェーデンとスコットランドの科学者が試みているようですが、日本でも誰かが挑戦してくれることを期待しています。

(前野 紀一/北海道大学名誉教授・前川製作所技術研究所技術顧問)

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