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TOP>サイエンスコラム>連載講座「低温環境の利用技術」(2)

2.氷の性質および産業における低温環境の利用技術に関して


シャボン玉水膜の凍結


第1回講座では、水の低温環境下での特性を解説しました。低温環境技術で重要な役割を果たす氷の特性について紹介する前に、まず水の状態に関して簡単に述べます。

(1)水の状態について

水は、固体(氷)、液体(水)そして気体(水蒸気)の3つの状態をとります。水の3つの状態の変化をみるには、水の圧力と温度を変化させた場合の状態図(図1)が役立ちます。図1は横軸に温度、そして縦軸に圧力を示します。図1で、氷、水そして水蒸気と記した領域は、3つの状態を示し、それらの境界線A、B、C上では互いに隣り合う2つの状態が共存することができます。圧力が1気圧一定のもとで、P点の氷点(0℃で水と氷が共存)の状態で温度を上げていくと、P点から右に向かって移動して境界線Aの交点のQ点となり、Q点(100℃)で水と水蒸気が共存します。さらに、A線(気-液線)に沿って温度、圧力を非常に高くし、374℃、218気圧(K点)以上になりますと、液体と気体の水は互いに区別できなくなり、A線はK点(臨界点)で終わりになります。このK点を超えると、超臨界状態となり、水は特異な性質を示します。

一方、P点の氷点から温度を下げていくと、完全に氷の状態になります。また、T点は水の三重点(0.01℃および0.006気圧)であり、A線(気-液線)、B線(固-液線)、C線(固-気線)の3つが交わります。このT点では氷と水と水蒸気の3つの状態が平衡して共存できる水の三重点です。図1からわかるように、氷の氷点 P点(0℃、1気圧)と三重点 T点(0.01℃、0.006気圧)は同じではありません。T点以下の温度と圧力では液体の水は存在することができず、温度の変化に応じて、C線(固-気線)を境にして氷が直接水蒸気になり(昇華蒸発)、また水蒸気が直接氷として凝結(昇華凝結)します。

このように、P点の氷点以下(1気圧の条件)となると水は氷に変化する場合に重要な役割を果たすのが水素結合(*1) です。氷の特性は、圧力や温度により変化する水素結合の状態に大きく依存することになります。
*1:水素結合は、二個の酸素原子が水素原子を介して結びつく化学結合のことです。

水の状態図


図1.水の状態図


(2)氷の結晶構造について

まず、私達が普通に目にする普通の氷(分類:氷Ih、密度917kg/m3)について述べます。
氷結晶は六方晶構造であり、この構造は雪の結晶が六角形の対称性を有することと関係しています。この氷の分類記号Ihの添字hは六角形(hexagon)を意味します。 図2は、氷の水分子における酸素原子(ピンク丸印)と水素原子(水色半丸印)の配置を示したもので、水分子あたり4本の水素結合(半水素(*2))ができています。水素結合は2分子間でできるので、水分子当たりの水素結合数は2です。水分子の酸素原子に着目すると、その原子間距離は、約2.75Å(*3)で正四面体角は109°24'であり、水の分子の105°より、開いた配列となります。

水の半水素構造


図2.水の半水素構造


*2:半水素:水分子の配置では、1個の酸素原子に対しては2個の水素原子しかないので、酸素原子間には平均して1個の水素原子しか存在しません。図2や図3に示されますように2個の可能な位置に片方だけが水素原子で占められ、一方は空になっています。水素原子の位置には不規則ですが、平均すると全ての可能な位置に0.5個の水素原子あることになります。このような状態を半水素と言います。

*3:Å(オングストローム):長さの単位で、原子や分子の大きさ、可視光の波長など非常に小さな長さを表すのに用いられる。 1Åは10−10m = 0.1ナノメートル(nm) と定義されている。


図3は、氷結晶の水分子の配置を六角形構造の上面よりみた(図4に示すc軸から観察)場合を示したもので、大きなピンク丸は酸素原子そして小さな水色丸は水素原子を、波線は水素結合を意味します。氷結晶は水素結合により、水分子が規則正しく配列して正六角形の繰り返し構造をつくるため、間隙領域が多い構造となります。

六方晶氷の水分子構造と水素結合

図3.六方晶氷の水分子構造と水素結合


図4は、氷結晶の配置を表すために用いられる六方晶構造の三次元座標軸を示したもので、a軸は側面角からの軸で、b軸は側面に垂直な軸で、c軸は六角面に垂直な軸を意味します。図5は、氷結晶の水分子の内、酸素原子の立体配置を示したもので、一つの酸素分子の周囲は4個の酸素原子で正四面体に取り囲まれています。

水の半水素構造


図4.六方晶氷の結晶軸


水の半水素構造


図5.六方晶氷の酸素原子の配列状態



(3)氷の種類について

氷の構造に大きく関係する水素結合の状態は、その圧力と温度に依存し、現在までに17種類もの氷が発見されています。図6は、横軸に圧力そして縦軸に温度とした、氷の状態を示した氷相図です。氷は温度と圧力を変えると、図6から分かりますように、氷Ih、氷Ic、氷II、氷III 、氷IV、氷V、氷VI、氷VII、氷VIII、氷IX, 氷X、・・といった種々の状態の氷になります(氷IVと氷IXは準安定相(*4))。氷Ihは水分子の4つの水素結合が109°24'の角度を有する六方晶系の構造で、私達が普段接する氷です。また、氷Ihでは、0.1GPa(1000気圧)で、約-10℃の低温で氷が生成します。氷Ihの密度は液体の水の密度よりも小さいですが、圧力が高くなるに従って水分子の充填度が高くなり、水素結合でつながれた2つの網目が入り組んだ構造をするようになります。それに応じて密度が上昇し、氷Ⅷでは1.66g/cm3以上になります。また、圧力10 GPa では100℃以上の高温の氷VIIが存在することになります。なお、氷Icは立方晶の氷で、図6には記載していません。
*4:準安定相:氷の結晶構造は、微妙なエネルギーバランスにより保たれており、エネルギーバランスが崩れると安定な他の氷結晶構造へ変化する氷相があります。この不安定な氷相を準安定相と呼んでいます。

氷には、一個の結晶から構成される単結晶氷とこの単結晶氷が集まった多結晶氷が存在します。多結晶氷には、それを構成している複数の単結晶間の境界は結晶粒界となります。また、通常の製氷技術で生成される氷は多結晶氷であり、多結晶氷に不純物が含まれる場合には、その分子の大きさにより氷の結晶格子に入り込む場合と結晶粒界に大きな塊として凝集する場合があります。一般には後者の結晶粒界(*5) に不純物が取り込まれることになります。
*5:結晶粒界は、氷分子の配列の向きが異なる結晶粒の境界を意味します。

氷の状態図

図6.氷の状態図



(4)氷の物性について

水-氷間の相変化による融解潜熱は、私達が冷熱源として利用しており、その潜熱量は0℃で334kJ/kgと他の物質に比較して非常に大きく、その融解潜熱は温度の低下とともに減少する傾向にあります。さらに、氷の熱伝導率(熱の伝わりやすさの尺度)は0℃の氷点付近で水の熱伝導率の約4倍も高く、温度の低下と共に熱伝導率の増大する傾向がみられます。逆に、氷の比熱 は、水の比熱に比較し、約1/2と小さな値になります。また、氷の温度伝導率(温度の伝わりやすさの尺度)は、水の温度伝導率に比較し、約8~9倍も大きく、氷層内での温度の伝幡速度は、水中よりもかなり速いことになります。氷はその結晶格子欠陥などで半導体と誘電体の性質を示すこともあります。 これらの水と氷の熱物性の大きな差は、低温環境下で水分の状態に依存して、その熱特性などに大きな影響を及ぼすことを示しています。 大気圧そして0℃付近の六方晶氷Ihの物性を列記すると以下のようになります。

(1)氷の熱伝導率は、2.2 W/(m・K)と水の約4倍であり、静止状態の水に比較して多くの熱を伝えます。
(2)氷の密度は、917 kg/m3と水の約1,000 kg/m3より小さくなり、その浮力により水中で氷粒子の均一分散が困難となります。
(3)氷の定圧比熱は、2.1 kJ/(kg・K)と水(4.2 kJ/(kg・K))の約半分であり、冷え易く暖まり易い性質を持つものです。
(4)氷の温度伝導率は、1.2 mm2/s と水の約9倍も大きいことから氷層内では温度が速く伝わります。
(5)氷の体膨張係数は、1.58x10-4(1/K、K:絶対温度)と水の -0.6x10-4(1/K)より大きなものとなります。単結晶氷のc軸(図4参照)に平行な方向の線膨張係数は、0.529x10-4(1/K)そして直角方向(a軸およびb軸)で0.523x10-4(1/K)程度です。
(6)氷の反発係数は、0.8 と比較的大きく弾性的性質を有する。一方、降伏応力(*6)以上で塑性変形(材料に力を加えて永久変形するという意味)する塑性的性質も有します。この塑性的性質は氷床の移動に関係します。
*6:降伏応力は、材料に引張応力を加えた場合にその応力が急に低くなり、その後応力が大きくならないで材料の伸びが進む。この現象を降伏といい、その降伏が起きる直前の応力を降伏応力という。
(7)単結晶氷のc軸面(図4参照)での鋼に対する動摩擦係数は、0.004程度と小さく、氷は非常に滑りやすい物質であり、アイススケートなどの滑りと関連します。
(8)氷結晶は、誘電体(絶縁体)の性質や氷の格子欠陥などにより、いくらか電導性を有します。

(5)産業界などでの低温環境の利用技術

水の凍結や氷の融解は、降雪、結氷、結霜および凍土そして動植物の耐凍機能など自然界に様々な形で係わる現象です。特に、水が他の物質と混じり合った状態での凍結・融解現象は、水に溶解物質の濃度変化、水の過冷却・氷点降下などを伴うもので、普通の水の凍結・融解現象と大幅に異なることが知られています。さらに、水と氷の物性値の差(熱伝導率、密度、強度など)、低温下での生物活性力の低下、そして水-氷間の熱授受に伴う相変化潜熱などにみられる物理、化学および生理的効果を積極的に利用する試みが産業界でなされています。産業界での凍結のための冷熱源としては、各種冷凍機、自然冷気、液化天然ガス(LNG)等が利用されています。

凍結・融解現象を幅広く利用している分野としては、食品貯蔵・加工分野が挙げられます。食品における凍結の目的は、食品品質の保持、すなわち物理的、化学的成分の変化、微生物の影響による生理的変質を防止または軽減することにあり、従来から凍結現象が食品の貯蔵に利用されています。さらに、近年は、凍結による様々な状態の変化を加工処理手段に利用した凍結乾燥、凍結濃縮そして凍結粉砕などが食品加工の分野で利用されています。また低温による食品内酵素作用を利用した低温醸造そして凍結における殺虫・殺菌作用も食品衛生上の立場より利用され始めています。食品の凍結においては、氷晶の成長を制御し、食品構成組織の保全に努める方法が種々検討されています。

最近では、食品貯蔵上如何に低温状態でも氷結晶の成長を抑止する様々な工夫も行われています。医学分野においても、生体組織の保存そして破壊の両面より低温および凍結現象が活用されています。例えば、凍結における細胞機能の破壊を目的とする凍結手術および凍害保護物質を併用した血液等の生物材料の凍結保存など医学領域で凍結現象が積極的に利用されています。

水-氷の相変化に伴う大きな潜熱の移動を利用した分野に空調関係の氷蓄熱システムがあります。氷潜熱システムは、蓄熱槽の寸法を従来の水等の顕熱蓄熱槽に比較し、かなり小さくできる長所により、地価高騰の現在、設備設置空間の減少および関連機器の小型化を目ざす空調設備として氷蓄熱システムが見直されています。

これら食品、医療、空調関係での水の凍結・氷の融解現象の利用以外に、凍結に伴う物理的、化学的そして生物的機能の変化に着目した様々な分野での凍結・融解現象の活用が、なされています。表1は、低温環境利用技術の具体例を示したもので、様々な分野での利用があることが理解できることと思います。

表1 低温利用分野と具体的利用技術

低温利用分野と具体的利用技術


次回の第3回講座から表1に掲げた様々な冷温環境利用技術について、その技術を支える基本点な現象や原理に基づいて詳しく解説しますので、ご期待下さい。

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